/教科書では、株式会社は、物的な営利の社団法人、と教えられる。しかし、その実際は、むしろ意思無能力な財団であって、その後見人としての支配権と正当性が、歴史的、社会的に揺らぎ続けている。/
8 従業員組織に関する法人性問題
恒常永続的な「正社員」という概念が、経営的に企業法人の中核概念になっていった理由は、つまり、「従業員」を「正社員」として恒常永続的に「雇用」しなければならなくなった理由は、歴史的な経営構造そのものの変化にもある。
すなわち、産業革命後の資本主義の初期においては、企業には、個人の〈経営者〉と複数の〈労働者〉がいるだけであったが、その後、およそ十九世紀半ば以降、企業の規模が拡大し、〈労働者〉が増大するにつれ、〈経営者〉は、自分で〈労働者〉を監督管理しきれなくなり、自分を代理して労働者を監督管理する者を必要とするようになって、ここに、〈中間管理職〉、いわゆる、「ミドルクラス(中産階級)」の「ホワイトカラー」が出現した21。なお、「監督」は、先述のように、監査し命令すること、「管理」は、その性質を変更しない範囲で利用することを意味する(『辞典』)。そして、十九世紀末から二十世紀半ばまでにかけて、この「ホワィトカラー」の〈中間管理職〉と「ブルーカラー」の〈労働者〉の間で、激しい労使対立が繰り広げられることになった22。
しかしながら、二十世紀後半に至ると、機械による自動生産や事業のサーヴィス化が著しく進展し、〈労働者〉も、〈中間管理職〉と同様の「正社員」として身分が安定する一方、劣等の「パート・アルバイト」も出現し、これらの結果、〈労働者〉の仕事は、機械やパート・アルバイトや顧客の管理へとシフトし、実際上も「正社員」としての恒常永続的な勤務が要請されるようになっていった。一方、機械化されない残余の断片化可能な機械的反復作業は、「マニュアル」化し、〈労働者〉である「正社員」の管理の下、低賃金調整可能な「パート・アルバイト」によって行われることになった。
このような歴史的経緯からわかるように、「従業員」が「正社員」として企業法人に実体化していく理由は、「取締役会」以下の連鎖カスケード的な監督権・管理権の代理委譲と、現場の仕事の管理化であろう。それゆえ、組織の末端であっても、パート・アルバイトや顧客と接するにあたって、すくなくとも「正社員」であることにおいて、「株式会社」の「代理」の「代理」の「代理」となっている。このために、善意の第三者たるパート・アルバイトや顧客が、「正社員」と契約や売買などの法律行為を行う場合、たとえそれが組織の末端の「平社員」であれ、「正社員」である以上、彼らは、その「正社員」個人と交渉しているのではなく、代理とはいえ、実質的には、その「正社員」が所属する「株式会社」そのものと交渉しているのであり、この結果、その「正社員」は、まさに「正社員」であることにおいて、「代表取締役」と同様の「表見代表」(『商法』262参照)、すなわち、事実上の「代表」としての責任を持ってしまう。そして、「株式会社」もまた、このような個人を「正社員」として雇用したことにおいて、その「正社員」の「表見代表」としての行為に対し、責任を持たなければならない。これは、使用者の被雇用者の言動に対する「監督義務」などのような、間接的な道義上の責任などではなく、直接的な法律上の責任である。
哲学
2017.06.28
2017.07.04
2017.07.20
2017.08.02
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2017.10.18
2017.11.19
2017.11.22
大阪芸術大学 哲学教授
美術博士(東京藝大)、文学修士(東大)。東大卒。テレビ朝日ブレーン として『朝まで生テレビ!』を立ち上げ、東海大学総合経営学部准教授、グーテンベルク大学メディア学部客員教授などを経て現職。