フリーメイソンの成立事情を巡る対話:レン・ニュートン・ラムゼー

2018.01.28

開発秘話

フリーメイソンの成立事情を巡る対話:レン・ニュートン・ラムゼー

純丘曜彰 教授博士
大阪芸術大学 哲学教授

/フリーメイソン(自営石工)のブルーロッジは、中世、さらには古代にまで遡る。だが、近代になって、各地のロッジを統括し、政治利用しようとするゼネコン連中や投資家連中が、その上にレッドロッジ(グランドロッジ)を作り、その支配権の争奪を始める。/

「四八年の三十年戦争終結で、カールルイスはプファルツ伯位を取り戻し、マンハイムに戻ってハイデルベルク大学を振興。一方、王室建設局測量設計師長の老イニゴー・ジョーンズ七六歳は、四九年の清教徒革命で失脚。ジョン・ウィルキンズ三五歳らの見えない大学も、ロンドン西北の大学町オックスフォードに避難。数学生クリストファー・レン十七歳らとも合流」「で、国際的な科学交流ですか」「一般には、このグループは純粋に科学的な集まりのように見られているけれど、もともと政治的な匂いもする。だいいちレンは、ただの数学者じゃない。彼の父親は、一六三五年から五八年まで、ロンドンの西、ウインザー城司祭長」「え? つまり、ガーター騎士団事務総長?」「そういうこと。清教徒革命のさなかに、ばりばりの王党派だ」「その息子が数学者? 百年戦争はダメだったけれど、なにかまだ資金運用してたんですかね」

「だろうね。同じころ、東のケンブリッジ大学に、気鋭の数学者アイザック・バロー二五歳がいて、教授候補に挙がったが、王党派としてクロムウェル革命共和国への忠誠を拒否。五五年から五九年まで、パリ、フィレンツェ、ローマ、イスタンブール、ヴェネツィアと、大陸にグランドツアー」「そんなに金持ちだったんですか?」「いや、ふつうの商人の子」「じゃ、だれかがカネを出した?」「反革命の外交工作だろうね。西のオックスフォード大学の数学者レンも、財政逼迫でクロムウェル体制が傾き始めた一六五七年には、二五歳で、早くもロンドン大学に教員として潜り込んでいる」「となると、たしかに見えない大学というのは、学術団体というより、反革命知識人組織という印象ですね」

「六〇年の王政復古とともに、レンは、かつてイニゴー・ジョーンズがつとめていた王室建設局で測量設計師(サヴェイヤー)に就き、ジョン・ウィルキンズ四六歳は、好事家ボイル三三歳や、そのオックスフォード以来の実験助手フック二五歳とともに「ロイヤル・ソサエティ(王認協会)」を建て、その王認協会があったグレシャムカレッジに三二歳のアイザック・バローを教授に就けている」「クリストファー・レンが造ったリンカーンズイン広場の東のところですね」

「もとより「大学」の名も「科学」の名も無い、ただの「王認協会」だぜ。それも専門研究者だけでなく好事家や外国人もおおぜい入っている。それも、インドや新大陸を巡る英蘭戦争のさなか」「まさに第二ガーター騎士団ですね。ロンドン市はもちろんインドや新大陸の巨大利権の山分けが目標でしょうね。そう言えば、ネーデルラントが東岸中心のマンハッタン島に建設した「ニューアムステルダム」を奪取し、王弟ヨーク公ジェームズ二世にちなんで、「ニューヨーク」と改称したのって、六四年ですよね」

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純丘曜彰 教授博士

大阪芸術大学 哲学教授

美術博士(東京藝大)、文学修士(東大)。東大卒。テレビ朝日ブレーン として『朝まで生テレビ!』を立ち上げ、東海大学総合経営学部准教授、グーテンベルク大学メディア学部客員教授などを経て現職。

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