/歴史から反対者たちを消し去って、マルクス主義者たちは、開祖マルクスの神話を捏造し、コミュニズムの名を奪取しました。 コミュニズムは、もとはただ「庶民第一主義」を意味するだけで、共同体優位や財産共有などは含まず、ましてや階級闘争だの暴力革命だのも関係ありません。そして、それはむしろそもそも哲学の問題でした。/
「え、いまさらコミュニズム?」
歴史から反対者たちを消し去って、マルクス主義者たちは、開祖マルクスの神話を捏造し、コミュニズムの名を奪取しました。 コミュニズムは、もとはただ「庶民第一主義」を意味するだけで、共同体優位や財産共有など含まず、ましてや階級闘争だの暴力革命だのも関係ありません。
「ああ、庶民というのは、前回に学んだ大衆のことですね」
そのとおり。フィヒテ、シェリング、ヘーゲルなどのドイツ観念論者たちは、国家や世界精神について語りましたが、現実は、平等なのに協調しない顔無しの人々だらけでした。彼らは、政府をひっくり返し、混乱をひき起こすほどの力がありました。今日は、彼らの歴史と、彼らを研究した哲学者たちを振り返ります。
23.1. 欺瞞のフランス革命
1789年に革命が勃発すると、パリ庶民の主婦たちは食料を求めてヴェルサイユに押し寄せ、王族を捕らえました。彼らはパリ市庁舎を占拠し、独立したパリ・コミューン (1789-95) を設立しました。しかし、国民衛兵を組織するブルジョアジーは、自由と平等を主張する人権宣言に私有財産の保証を忍び込ませました。
「彼らにはアンシャンレジーム打倒以外に合意がなかったですからね」
貧しい地方の測量士、バブーフ (1760-97) は土地接収に関わり、その後、パリ・コミューンの書記となりました。ロベスピエール独裁も、ブルジョアのテルミドール派も好まなかったバブーフは、1794年に政治雑誌『人民の護民官』を発刊し、女性を含むすべての市民の主権を主張しました。
「パリの主婦がどれほど有力でも、絶対王政直後では、彼の考えは急進的すぎたかも」
革命戦争が激化すると、バブーフは1795年に雑誌で「プレスビテリアン(平民党)宣言」を出しました。その中で、彼は、軍隊のような私有財産の禁止、物品の共同所有、生産の平等分配を主張しました。ブルジョアのテルミドール派は、彼を逮捕し、彼の雑誌を燃やしました。
「彼が主張したように、戦時中は統制経済のほう当然でしょ。なのに、ブルジョアは自分たちが制限されたくなかった」
財政難も深刻で、ブルジョア政府は通貨の代わりとして没収した土地を担保にした割当債券を大量に発行しましたが、これが物資不足を悪化させ、庶民の生活をさらに苦しめました。バブーフ党、プレスビテリアンは地下に潜り、徴兵された国民衛兵とともにクーデターを計画しました。しかし、1796年の決起直前に彼らは逮捕され、バブーフはギロチンにかけられました。
歴史
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大阪芸術大学 哲学教授
美術博士(東京藝大)、文学修士(東大)。東大卒。テレビ朝日ブレーン として『朝まで生テレビ!』を立ち上げ、東海大学総合経営学部准教授、グーテンベルク大学メディア学部客員教授などを経て現職。
