組織・人事に関わる全ての施策は、日本人の特性や自社の独自性への洞察なしには機能しない。それは、OSが違えば、アプリが動作しないのと同じである。欧米の真似でもない、うまくいっている会社の真似でもない、日本企業において本当に機能する組織・人事の考え方や施策について思索・指南する連載。
●人事部に必要なパラダイム転換
とはいえ、会社が「従業員の人生の成功を支援する」ということに違和感を覚える人は少なくないだろう。仕事があるから会社があるから食い扶持が稼げ、生活が成り立ち、人生が設計できる。だから会社に尽くし、与えられた仕事に励むことがもっとも大切で、生活や人生は二の次。会社は、従業員に支払う分やかかる費用以上に働いてもらえればそれでよく、従業員の人生の成功など知ったことではないし、関与すべきでもないし、自己責任だ。いっぱい働いて、いっぱい成果を残してもらえれば、ちゃんと報酬を払うのだから、それで十分だし、それこそが成功でしょう。そんなパラダイムの持ち主には、会社が「従業員の人生の成功を支援する」という考え方は、まったく理解できないはずだ。従業員を甘やかしてどうする、単なるコスト増じゃないかとしか受け止められないだろう。
しかし、注目しなければならないのは「仕事の価値」である。20年以上に渡る企業業績の低迷は、マクロの視点を含めて様々な説明は可能だが、一人一人の仕事の価値が上がっていないのも要因の一つである。時代の変化に伴って、利益が出にくくなっている仕事を延々と繰り返している例。新技術の導入や新しい技術を持つ人材の育成に遅れ、進化のないビジネスを続けている例。自前主義と内製化にこだわり、延々と内部で議論しているだけでイノベーションがまったく起こせない例。このような状況の中で、一人一人の仕事の価値はどんどん低下してきた。平均的に仕事の価値が低下しているから、いっこうに賃金も上がる気配がない。
では、仕事の価値を上げるためには、どうすればよいか。答は、一人一人が会社の中に閉じ込もらず、社外や日常の生活で有意義な学び・気づき・交流をすることだ。会社の中には前例しかない。会社の中には、暗黙の了解や阿吽の呼吸が通じるような似通った人しかいない。会社にあるルールや、単純反復される会議や会話は自由を奪う。会社の中では、ベテランや上司の経験や知恵が幅をきかせ思考を停止させがちだ。このような環境に毎日身を置いていて、仕事の価値を上げるのは無理である。
組織・人材の最適化のために、人事部としては一人一人の仕事の価値を上げたい。それには、従業員を会社の中に閉じ込めないようにする策を講じなければならない。通り一遍の研修をやっても、仕事の価値が上がることはないというのは、経験からすでに分かっているはずだ。従業員を会社から解放し、社外や日常の生活で有意義な学び・気づき・交流ができるような仕組み・環境を作る。そんな豊かで充実した生活・人生を送っていれば、その経験が仕事にフィードバックされ、仕事の価値も上がっていく。会社に閉じ込めておいて、仕事の価値を上げろというのは無理な相談であり、仕事外の生活を充実させることで仕事の価値が上がっていくのを期待するというパラダイムに転換しなければならない。そう考えれば、「従業員の人生の成功を支援する」という意味が分かるはずだ。
新しい「日本的人事論」
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NPO法人・老いの工学研究所 理事長
高齢期の心身の健康や幸福感に関する研究者。暮らす環境や生活スタイルに焦点を当て、単なる体の健康だけでなく、暮らし全体、人生全体という広い視野から、ポジティブになれるたくさんのエビデンスとともに、高齢者にエールを送る講演を行っています。