組織・人事に関わる全ての施策は、日本人の特性や自社の独自性への洞察なしには機能しない。それは、OSが違えば、アプリが動作しないのと同じである。欧米の真似でもない、うまくいっている会社の真似でもない、日本企業において本当に機能する組織・人事の考え方や施策について思索・指南する連載。
前回は、バリューワーカー(価値の高い仕事ができる人)には、7つの要素があることを述べた。①優れたパラダイム、②誠実性、倫理観。社会適合性、③心身の健康(EnergyとEnergize)、④創発的な交流機会、⑤自律的で上手な目標設定、⑥専門外の分野への興味・関心、⑦汎用的な知識・スキル、である。しかし、個人としてこのような要素を備えていれば、どのような状況においても価値ある仕事ができるということではない。このような要素を兼ね備えていても、それらの発揮を阻むもの、それらを発揮する際の障害となるものが組織内にあれば、バリューワーカーもそうではなくなる。バリューワーカーが保有する能力をいかんなく発揮できるかどうかは、組織次第だ。したがって、組織づくり、企業文化づくり、ルール・仕組みづくりは重要な意味を持ってくる。いくら“優秀な”人材を採用しても、旧い組織形態、劣化した企業文化、働く人達の付加価値時間や意欲を奪うような硬直化・肥大化したルール・仕組みなどがある限り、価値ある仕事がなされることはない。
●人事部の新しい役割
このような観点で、人事部の役割を改めて考え直してみる必要がある。一般に、人事部には、事業環境や事業の見通しから導く、組織の設計・人員及び人件費の計画策定・人事制度の設計といった戦略的業務と、それらを順調に遂行していくための採用・配置・教育・評価・労務管理といった機能的業務がある。人事部の役割は「事業環境・事業計画に合わせて、組織と人材を最適化すること」であり、その手段として採用・配置・教育・評価・労務管理といった業務がある。しかし、このような認識ではうまくいかなくなってきた。経済的にある程度豊かになり、様々な情報入手が容易になった現代では、従業員が働き方・生き方において多様な選択肢を持つようになり、経営や人事部が行う“最適化”に対して、簡単には同意しなくなってきたからだ。豊かで賢明な従業員は、道具や機械のように最適化されるのを良しとせず、経営や人事部が行う最適化の方法が自分にとって有利かどうかを考える。不利になるなら、経営にとって最適化されるのを拒み、自分にとって最適な道を会社の外に探せばよいと考えるようになる。
人事部が担う「事業環境・事業計画に合わせて、組織と人材を最適化する」という役割は、従業員に対して一方的に受け身な態度を強いている面がある。雇っている側の意思や計画が、雇われている側の意思や計画に優先するというのが前提になっている。経営の成功が、従業員の人生の成功よりも価値があるという考え方がベースとなっている。冷静に考えれば、このような態度に対して従業員が納得して働くはずはない。特に、社外でも通じる価値の高い労働者ほどそうだろう。そもそもこのような態度は、1947年の「労働は商品にあらず(Labour is not a commodity)」というフィラデルフィア宣言にも反している。もちろん、経営者にとって「事業環境・事業計画に合わせて、組織と人材を最適化する」のは重要課題であるし、経営の一機能としての人事部の使命である。しかし、このように一方的に最適化の対象とされた従業員が納得して働き、その能力を存分に発揮するとは思えないし、バリューワーカーほど離れていってしまうだろう。
新しい「日本的人事論」
2018.02.05
2018.02.15
2018.03.10
2018.03.23
2018.04.07
2018.04.23
2018.05.14
2018.05.29
2018.06.16
NPO法人・老いの工学研究所 理事長
高齢期の心身の健康や幸福感に関する研究者。暮らす環境や生活スタイルに焦点を当て、単なる体の健康だけでなく、暮らし全体、人生全体という広い視野から、ポジティブになれるたくさんのエビデンスとともに、高齢者にエールを送る講演を行っています。