/相手が去っても、愛は残る。平穏無事とは名ばかりの空虚な一生よりも、たとえいつか彼女が去ってしまうとしても、人生のすべてを賭けて、泣いたり、笑ったり、幸せな思い出がつまったリアルな人生を選ぶ。それがウィルの新たな決断。/
しかし、ゆっくりベッドで朝食を、と思っていたら、外はゴシップ記者だらけ。同居人がパブで話したらしい。まあ、落ち着いて、お茶でも、となだめるウィルに、アナは、あなたは良い宣伝になるでしょ、こっちは永遠に記録に残るのよ、などと悪態をつきまくって、出て行ってしまう。
そこから最悪の長い秋、そして冬。次の春、ウィルは、もうアナのことは忘れたというが、でも彼女、また撮影でこっちに来ているよ、と友人から聞くと、ロケ現場に出向いてしまう。そこで、彼女が共演者に、昔の男よ、気まずいわ、と言うのをインカムで漏れ聞き、ウィルは、愕然として、そのまま立ち去った。
ところが、アナの方がまた書店にやってきた。私のこと、また好きになってもらえないか、などと言う。すると、ウィルは、三度もきみに棄てられたら、ぼくのヤワな心はもう立ち直れないし、きっとそういうことになると思うんだ、勘弁してくれ、と拒絶。アナは、そうね、いい判断だわ、と言って去る。
このことを友人たちに話したところ、おまえはバカだ、と言われ、ウィルは、自分の判断の間違いに気づいて、今日、帰国してしまうというアナのところへ、みんな車に乗って大急ぎで走り出した。
ウィルのリアルな狭い世界
主人公とはいえ、ウィルにはいろいろ問題がある。彼の世界は、まさにこのノッティングヒルの街で完結。地元の幼なじみ(書店の隣の小学校の同級生か)たちと、いまでもべったり。その一人、ベラを好きになったが、彼女は彼の親友のマックスと結婚してしまった。彼も結婚はしたものの、ハリソン・フォード似のタフガイと逃げられた。以来、変なウェールズ人のスパイクと同居しているが、いまだにしょっちゅうベラとマックスの家に入りびたり。
旅行書専門の書店を経営してはいるもの、まったく儲かっていない。そもそも彼の部屋を見ても、彼が旅行した気配も無い。スーツケースも、海外みやげも無い。たしかにウエットスーツとゴーグルは持っているのだが、これも、海外旅行用ではなく、ロンドン郊外の池に潜るのがはやっているから買うだけ買っただけのよう。それで、スパイクに、ちょっとは使ったら、なんて、からかわれている。だが、彼は、郊外に行く車さえも持っていない。
専門の旅行書にしたって、「この著者はほんとに現地に行ったことがあるらしい」なんて、妙な感心の仕方をしている。彼にとって旅行は読書で、脳内ですること。彼の書店からして、小学校の隣。彼にとって、ノッティングヒルだけがリアル。その外は、本を読んで想像するだけ。ふつうの新聞すら、明日になったら棄てられるだけ、と言って、取っている気配も無い。
映画
2018.03.15
2018.05.12
2018.08.29
2018.12.07
2018.12.14
2019.06.08
2020.01.25
2021.05.03
2023.02.17
大阪芸術大学 哲学教授
美術博士(東京藝大)、文学修士(東大)。東大卒。テレビ朝日ブレーン として『朝まで生テレビ!』を立ち上げ、東海大学総合経営学部准教授、グーテンベルク大学メディア学部客員教授などを経て現職。