/相手が去っても、愛は残る。平穏無事とは名ばかりの空虚な一生よりも、たとえいつか彼女が去ってしまうとしても、人生のすべてを賭けて、泣いたり、笑ったり、幸せな思い出がつまったリアルな人生を選ぶ。それがウィルの新たな決断。/
そもそもウィルは、むしろ女優がどういうものか、理解していない。その虚像では、ほんの二〇分で世界を核の脅威から救う気難しいが聡明な中尉。もしくは、恋多き華やかなスター街道を上り詰め、賞を取って格調高い歴史文芸作品にも挑戦する国際的主演大女優。でも、ウィルの知っている生身のアナは、いきなりキスしてきて、彼の友人たちとも冗談を言い、人の庭に柵を越えて入り込む、無邪気で自由奔放、年齢不相応にいたずらっぽい、まさに女の子。
しかし、それと同時に、仕事のためなら裸にもなり、あちこちに覚えていないような男関係があって、癇癪を起こすとウィルにも当たり散らしまくって止まらない。自分中心で、突然にやってきたかと思えば、突然にいなくなる。だから、ウィルは、ここでたとえYESと言っても、いつだってひとの話なんか聞かないきみのことだ、絶対にいずれきみはまたぼくを棄てて、いなくなってしまうでしょ、それがぼくには耐えられそうにないんだ、と、断った。
この物語の最初、ノッティングヒルの街の紹介のところで、唐突にトニーの話が出てくる。ウィルの友だちの一人で、建築家だったがシェフに転進し、これまで稼いだ全財産を新しいレストランに投資した、と言う。ウィルがアナの言葉を咀嚼しているのは、それから一年後、潰れたトニーのレストラン。この投資はムダだったのだろうか。
アナに代わる女性たちを紹介してもらったものの、どうも気が乗らないウィルは、三〇年後も自分がこのソファに座っているような気がするよ、とマックスとベラに答えている。その後、マックスが足の不自由なベラをお姫様だっこで二階に上げていくようすを眺め、また、翌朝には二人が仲睦まじく出かけていくのを見送り、リアルだと思っていたノッティングヒルでの自分の生活の空虚さに打ちひしがれる。
アズナヴールの歌の続きは、こうだ。
- 彼女が、恋人になっても続かないだろう。
- でも、昔の影はぼくに戻ってくるだろう。
- それを、ぼくは死ぬ日まで思い返すよ。
- 彼女は、ぼくが生き続ける理由。
- 生きがいを感じるわけ。
- つらい年月にも思うひと。
- 彼女の笑顔と涙を受け止めて、
- それをみんな、ぼくの思い出にする。
- 彼女がどこへ行こうと、きっとぼくがいる。
- ぼくの生きる意味が、彼女なのだから。
ベンチに刻まれた言葉。相手が去っても、愛は残る。平穏無事とは名ばかりの空虚な一生よりも、たとえいつか彼女が去ってしまうとしても、人生のすべてを賭けて、泣いたり、笑ったり、幸せな思い出がつまったリアルな人生を選ぶ。それがウィルの新たな決断。でも、それはアナも同じだった。ほら、もうすぐ赤ちゃんが生まれる。リアルな三人の生活が始まる。
(ここでも、カーディガン。このベンチに座っているということは、このプライベートパークの区画の高級住宅を買った、ということ。ただし、夜のベンチとは、背板が違う。いずれにせよ、オーストラリアのパース市の公園のものはニセモノ。)
映画
2018.03.15
2018.05.12
2018.08.29
2018.12.07
2018.12.14
2019.06.08
2020.01.25
2021.05.03
2023.02.17
大阪芸術大学 哲学教授
美術博士(東京藝大)、文学修士(東大)。東大卒。テレビ朝日ブレーン として『朝まで生テレビ!』を立ち上げ、東海大学総合経営学部准教授、グーテンベルク大学メディア学部客員教授などを経て現職。