/相手が去っても、愛は残る。平穏無事とは名ばかりの空虚な一生よりも、たとえいつか彼女が去ってしまうとしても、人生のすべてを賭けて、泣いたり、笑ったり、幸せな思い出がつまったリアルな人生を選ぶ。それがウィルの新たな決断。/
きみといると、リアルにやばいんだ。パーフェクトな状況みたいだったけれど、あのきみのひどい癇癪以外ではね、でも、もしまたぼくが棄てられたら、いや、絶対にそうなると思うんだけれど、ぼくの未熟な心は立ち直れそうにない。きみの写真や映画が、そこら中にありすぎるんだ。きみは行く、ぼくは残る。そう、へとへとだ、心の底からね。
わかったわ。リアリティは、リアルなNOということね(遠慮とか方便とかではなく、本心からイヤなのね)。……名声なんて、リアルにリアルじゃないのよ。忘れないで。。。私って、まだ子供よね。ほら、男の子の前に棒立ちで、自分を好きになってってお願いする子って、よくいるでしょ。こう言って、アナは、軽くほおにキスして出て行った。
わざわざ全訳したのは、この肝心な部分の日本語版の字幕が雑で、私だって一人の女なのよ。それが好きな人に直接に愛してって言っているのに、というような捨てゼリフになってしまっているのだとか。原語で言えば、a girl で、a woman ではなく、また、後のingは、進行形ではなく、a girl にかかる現在分詞の修飾。だから、asking you to love me ではなく、asking him to love her になっている。したがって、不定冠詞の a も、一人の、ではなく、修飾を受ける一般化のためのもの。
わかりにくいのは、忘れないで、の目的語が省略されていること。セリフだけを考えれば、前の文か後の文をthat節で取るということになるが、物語の文脈からすると、me ではないか。というのも、きみの写真や映画がありすぎる、これじゃきみを忘れようもないだろ、というウィルに対して、あえて、忘れないで、と言っているから。つまり、写真や映画はリアルじゃない。女優の私ではなく、あなたが何度も思い返すと言っていた、あなたの家に行ったときの素顔の私を忘れないで、という意味だろう。
ウィルの新たな決断
この後、ウィルは、このときの話をトニーの潰れたレストランで友人たちに話し、このときのアナの言葉をゆっくり咀嚼しているうちに、自分の決断が間違っていた、と気づく。しかし、なにをどうまちがっていたのか。安っぽいネットの感動だと、字幕の雑な誤訳のせいもあって、アナも特別な女優ではなく、一人のふつうの女性だ、と、ウィルが気づいたからだ、なんてされている。だが、アナがふつうの女性か? アナは、行動も、感情も、どこかタガが外れていて、すべてにおいて、ふつうではない。それどころか、かなりはちゃめちゃで厄介。でも、それこそ、型に嵌まった生活から抜け出せないウィルが彼女に惹かれたところ。
映画
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大阪芸術大学 哲学教授
美術博士(東京藝大)、文学修士(東大)。東大卒。テレビ朝日ブレーン として『朝まで生テレビ!』を立ち上げ、東海大学総合経営学部准教授、グーテンベルク大学メディア学部客員教授などを経て現職。