/旧弊を刷新しようと乗り込んでいったはずのやつらが、そのわけのわからない正体不明の化け物に魂を奪われ、いつの間にか「土人」たちの王となって、むしろ旧弊の権化として支配し、化石になったボロボロの象牙を掘り出して喜んでいる。余所者は、現地の「土人」以上の「土人」にならないとやっていけないのか。/
そのクルツ氏が這って逃げた。マーロウがそれを連れ帰り、船はすぐに帰路へ。しかし、マーロウに書類を託し、クルツ氏は死んだ。死体は巡回社員たちがぬかるみに埋めた。マーロウは、ベルギーに戻ったが、あれもこれも記憶が定かではない。会社の弁護士だの、クルツの親戚だの、新聞記者だのがマーロウの下に押しかけ、聞きたいように聞いて帰った。そして、マーロウは、残った写真と手紙を渡そうと、クルツ氏の婚約者に訪れ、最後にあなたの名前を言っていました、とうそぶく。
闇のありか
ここで、この小説、ぷっつり終わっているのだ。おかしいと思わないか。額縁構造なら、この後、遊覧ヨットの船上で「私」を含む客たちの会話があるはずだ。ところが、それが、わずか数行。ヨットのオーナーの重役が「引潮を逃したな」と言い、曇り空が闇の奥まで続いているようだ、と書かれているだけ。
マーロウの視点で、しだいにクルツ氏に迫っていくので、ミステリアスな読み物としてはおもしろいのだが、情報が小出しで、いったいなにがどうなっているのか、わかりにくい。整理し直すと、クルツ氏は有能だったが、令嬢と結婚するには身分も財産も無かった。それで、仕事で一旗揚げるべく、コンゴ「開発」の最前線に信念と野望を持って乗り込んだ。
彼には、奥地の「土人」たちを文明化してみせる、という壮大な計画があった。そして、実際、彼は辣腕で、カネになる象牙を奥地から大量に送り出してきた。これは、厄介だった。他の出張所は、自分たちの無能がさらされる、と恐れた。中央出張所の支配人に至っては、叔父を招き入れ、象牙の横取りを企て、そのために蒸気船の船長を殺し、代わりにマーロウが来ると知ると、船まで沈めた。
しかし、クルツ氏の方も、順調とは言い難かった。象牙を確保するために「土人」たちを子分にして、村々の略奪支配、さらには蹂躙殺戮にも手を染める。彼は、その先に文明化がある、だから、これもいましばらくのことだ、と自分をごまかした。すでに仕事は成功し、帰国も可能だったにもかかわらず、道半ばの文明化計画のために、みずからあえて奥地に戻る。やがて体を壊し、頭がいかれ、ボロボロの化石の象牙まで掘り出し集め、村々に君臨する。
結局のところ、彼が「土人」以上の「土人」になっただけのこと。最後の言葉、The horror は、わざわざ定冠詞がついているように、恐ろしい、という形容詞ではなく、また、恐怖という一般名詞でもなく、「あの魔境が! あの魔境が!」という実体、つまり、生きた密林に、魂を呑み込まれていくさまを表している。
物語
2018.12.21
2019.12.17
2020.08.01
2020.12.23
2021.04.17
2021.12.12
2022.12.14
2022.12.28
2023.12.19
大阪芸術大学 哲学教授
美術博士(東京藝大)、文学修士(東大)。東大卒。テレビ朝日ブレーン として『朝まで生テレビ!』を立ち上げ、東海大学総合経営学部准教授、グーテンベルク大学メディア学部客員教授などを経て現職。