世界を救うという心の病

画像: 『幻魔大戦』『エヴァンゲリオン』『ソードアートオンライン』

2020.08.01

ライフ・ソーシャル

世界を救うという心の病

純丘曜彰 教授博士
大阪芸術大学 哲学教授

/ある日、使者が来て、祖国が存亡の危機であります、どうかご帰国を、と、言われて、死にそうな実の父である老王に代わって敵をけちらし英雄になる。という妄想が映し出している現実の出口は、その妄想の中には無い。/

「君は光の天使なんだ、いっしょに地球を救おう!」などと、電話がかかってきたことがある。一人ではない。あちこちから、なんどもだ。地球を救うより前に、まずおまえらがそんな妄想から救われんといかんのじゃないだろうか、と思ったが、直接に、そうも言うわけにもいかず、「ごめん、ぼくには荷が重い。応援しているから、がんばってくれ」と言って切った。彼らは、いまでも地球を救うべく、日夜なにかと戦っているらしい。

 いったい、いつから、人類を救うだの、世界を救うだの、地球を救うだの、宇宙を救うだのというわけのわからん妄想が生まれてきたのか。救う、というのは、ふつう、個人や村を病気や貧困や災害から救う、せいぜい他民族の支配や侵略から救うものだ。それに、仏教では、正法・像法・末法と言い、キリスト教でも、エスカタと言って、世界が滅びるのは、定められた予定。それを妨げ、滅びを先延ばししようなどというのは、罰当たりの不心得者。

 物語の中を見ても、『北北西に進路をとれ』や007だって、まあ、東西冷戦で一触即発の核戦争から世界を救う、というようなプロットが出てくるが、それはあくまで背景であって、実際は、たかだか一人の女を救うだけの話にすぎない。ところが、90年代になると、やたらと世界を救う話が出てくる。そこらの小娘だの、兄ちゃんだのが、ある日とつぜん、救世主だ、とか人に言われて、その気になって、地球を救う使命を帯びてしまう。

 あなたこそ、じつは王子様、というのは、たしかに昔から安っぽいメルヘンやファンタジーでよくある定番の設定で、貴種流離譚の一種だ。で、ある日、使者が来て、祖国が存亡の危機であります、どうかご帰国を、と、言われて、死にそうな実の父である老王に代わって敵をけちらし英雄になる。

 折口信夫は、貴種流離譚を、日本人の原罪だのなんだのわけのわからんことを言っているが、しかし、この物語コードは、べつに日本だけのものではなく、モーゼから、ナポレオンまで、みんなそうだ。ようするに、平民ごときから立派な人が出るわけがない、という世襲的抑圧社会の裏返しで、立派な人になってしまった以上、もともと良家の御落胤だったにちがいない、とされて、つじつまを合わせるわけだ。

 とはいえ、いまどき、私、ほんとうは、この家の子じゃないの、なんていうのは、なかなか通用しない。そこで、『僕の地球を守って』のように、前世では、とか、月の世界では、とかいう大きな物語をでっち上げる必要が出てくる。さらに手が込んだものになると、『マトリックス』のように、この世界の方がニセモノで、ホントウは、、、とかいう、よくわからない話になる。

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純丘曜彰 教授博士

大阪芸術大学 哲学教授

美術博士(東京藝大)、文学修士(東大)。東大卒。テレビ朝日ブレーン として『朝まで生テレビ!』を立ち上げ、東海大学総合経営学部准教授、グーテンベルク大学メディア学部客員教授などを経て現職。

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