/あなたがたが豊かな祝福に恵まれますように 愛に満ちた年があなたがたに訪れますように /
「坂本くんさ、こっちからムリ言って頼んどいて悪いけれど、こんな天気だし、あんまりお客も来そうもないから、もう上がってもいいよ」「店長が帰れって言うんなら、おれ、帰りますけど」「いや、帰れだなんて」「だいいち、ワンオペでだいじょうぶっすか。店長、血圧高いし、明日、店の前、パトカーと救急車だらけ、とか、かんべんっすよ」「おいおい、おれを殺すなよ。坂本くん、あいかわらず冗談がきついよ。それより、お母さん、ひとりだろ」「いや、あにきが嫁さんと子供連れて、帰ってきてんっすよ」
「じゃ、これ、ひとつ、持ってってよ」「店長、なにやってんすか?」「ちゃんと、おさつ、カメラに写して、レジに入金しないと」「あ、ありがとうございます。それにしても、今年も、ずいぶん売れ残っちゃいましたね」「明日中になんか、売り切れないだろうなぁ」「断れないんすか」「いろいろね」「あ、オレのバイト代もか。そうですよね、じゃ、次の入荷、出したら、すぐ帰ります。店長、腰も痛いんでしょ」「悪いね」「見てれば、わかりますよ。この店、人件費からなにから、いろいろギリギリでしょ」「……」「店長、この店、潰さないでくださいよ」
「……お兄さんは、もう正月休みなのかい」「フリーランスですからね、東京に出て、そこそこ当たったみたいだし」「そうか。でも、坂本くん、バイトもいいけれど、ちゃんと勉強して、きちんと就職するんだよ。おれは人生、失敗した」「店長、なに言ってんすか」「自営なんて、甘くなかったよ」「店長も、前はサラリーマンですよね」「部下が不倫で揉めごとを起こしてね、みんな、まとめて辞めさせられたんだ。ま、会社としては、もともとリストラの口実を探していたんだろうけどね」「巻き添えっすか、ついてないっすね」「人生、ついてることなんかないよ」
「店長、ほら、これ、ひらひらひら、はい、ご入金」「え、なに?」「おれも、一個、買いますよ。お客さん、だれも来ないから、店長、いっしょに食べちゃいましょう」「おいおい、悪いよ、坂本くん、おれが」「いや、こっちのは、ちゃんとあにきたちに持って帰りますから。こっちは、うちらで、ね。ほら、もう、レジ、打っちゃいましたし。じゃ、お茶、入れてきますね」「あ、いや、じゃぁ、そのコーヒーにしよう。おれが出すよ」「ずいぶん、ぜいたくっすね」
ぴぽぴぽん。「うー」「いらっしゃいませ!」「……あのぉ、だいじょうぶですか、顔色悪いし、震えてませんか」「ちょっとカゼぎみかな」「クスリとかも、ありますよ」「まだもうすこし、運転しないといけないんだ」「配送ですか、年末はたいへんですね」「待ってる人たちがいるからね」「お客さん、じゃ、暖かいコーヒーはいかがっすか」「あぁ、それはいいねぇ」「坂本くん、じゃ、これで三つ」「はい、店長」「え?」「お客さん、ちょうどタイミングがよかったっすよ。ほら、このケーキ、ちょうどいま、食べようと思っていたんす。食べ残してもなんだし、店長、血糖値も、心配だし、よかったらぜひ」「あ、あぁ。じゃ遠慮なく」
物語
2013.12.23
2012.12.24
2015.12.17
2016.12.15
2017.12.20
2018.12.21
2019.12.17
2020.08.01
2020.12.23
大阪芸術大学 哲学教授
美術博士(東京藝大)、文学修士(東大)。東大卒。テレビ朝日ブレーン として『朝まで生テレビ!』を立ち上げ、東海大学総合経営学部准教授、グーテンベルク大学メディア学部客員教授などを経て現職。