/ふつうは12個も集めたら、卒業するだろ? なのに、良い子のまま、ぜんぶだよ。いまの時代についていけない、大人のなりそこねだな。でも、みんな、ここに来て、昔の話をするんです。自分は部屋に入って来たところを見た、とか、飛んでいった、とか。/
「あ、お帰りなさい。お疲れさまでした」
「ふう、中は暖かいね」
「ええ、もうこの季節、昼間からずっと暖炉ですからね」
「じゃ、いつもの」
「ええ、いま沸かしています」
「はぁ……」
「……今年はちょっと早かったですね」
「うん、昔と較べると、手紙も減ったからねぇ」
「いまは、みんな手紙なんて書かないですから」
「まあ、そうなんだろうけどね」
「でも、待っている子もいるんでしょ」
「ああ、そうだ。こんな古くさい鋳掛けのおもちゃなのに、
集めている子もいるらしいんだよ」
「ええ、わたしもそうでした」
「ああ、そうだったね」
「毎年、来てくれたのがうれしいんですよ」
「そういうものかね」
「ええ。さ、熱いですから、気をつけて」
「あ、ありがとう。どう、きみも?」
「いや、フロント兼業で、勤務中ですから」
「でも、これ、ミルクだよ」
「そうでしたね。では、わたしも」
「あと、あれ、ほら」
「ええ、ジンジャーブレッド、今年も焼きましたよ」
「そうか、いまはきみが焼いているんだね」
「ええ、母と同じ味にはなりませんけど」
「もう何年になるかな?」
「三年、いやもう四年ですね」
「おかあさんも、きみも、よくやってきたよ」
「ええ、あれから母と二人で、どうにか。
でも、母も亡くなった年は、さすがにもう……」
「いや、あの年は、たまたま仕事終わりに通りかかったのさ」
「以来、心配して最後に寄ってくれているんでしょ。
ほんとにうれしいですよ」
「心配なんか、してないさ。きみならだいじょうぶ。
ただ、こんなソリが停まれるところなんて、そうそう無いからね」
「こんなホテルがやってこれたのも、あなたのおかげですよ。
いまでも、ときおり、うちの便箋をたいせつそうに持って、
遊びに来てくれる家族連れがいますから」
「ああ、最後くらい、わたしの方が手紙を残そうかと思ってね」
「24個、集めちゃった子ですか?」
「うん、ふつうは12個も集めたら、卒業するだろ?
なのに、良い子のまま、ぜんぶだよ。
いまの時代についていけない、大人のなりそこねだな」
「ええ、そうかもしれませんね。
でも、うちの便箋に、いつかまた、って書いてあったら、
あなたがいつもここにいる、って思いますよ」
「そうかい?」
「ええ、そうですよ。みんな、ここに来て、昔の話をするんです。
自分は部屋に入って来たところを見た、とか、飛んでいった、とか」
「ははは、この晩ばかりは、興奮して寝ていない子もいるからね」
「……でも、このホテルも、そろそろ潮時かな、って」
物語
2018.12.21
2019.12.17
2020.08.01
2020.12.23
2021.04.17
2021.12.12
2022.12.14
2022.12.28
2023.12.19
大阪芸術大学 哲学教授
美術博士(東京藝大)、文学修士(東大)。東大卒。テレビ朝日ブレーン として『朝まで生テレビ!』を立ち上げ、東海大学総合経営学部准教授、グーテンベルク大学メディア学部客員教授などを経て現職。