組織・人事に関わる全ての施策は、日本人の特性や自社の独自性への洞察なしには機能しない。それは、OSが違えば、アプリが動作しないのと同じである。欧米の真似でもない、うまくいっている会社の真似でもない、日本企業において本当に機能する組織・人事の考え方や施策について思索・指南する連載。
ましてや、職種別・階層別に求められるものを定義づけたり、スキルマップを作成したりしても、従業員のキャリア形成を支援することにはならない。第一に、これらは「会社が求めるもの」を明文化して押し付けるやり方であり、個別の特性に応じたキャリア形成を阻害しかねないからである。金太郎飴化を促進はするだろうが、各々がその強みを伸ばして優れたキャリアを築いていけるような仕組みでは決してない。第二にこれらは、これまでの会社のありようや上位者がこれまで歩んできた道の延長線上にあるものであり、その意味で現実肯定的であるからだ。未来ある人々が、これから起こるであろう環境変化に対応できるようにするという目的で作られたものではない。上位者が出来ることを若手が同じようにできるようにしても、これまでの会社のありようを前提にした言動を、同じように若手に求めても、若手のキャリアにも会社の未来創造にもつながらない。
●キャリア形成を阻む、会社のバリアー
会社が働く人たちのキャリア形成を上手に支援していくためには、組織に存在している様々なバリアーを排除していく必要がある。
バリアーの一つ目は、成功体験である。これまでうまく機能してきたビジネスモデル、それをパッケージ化した進め方や体制などは、これからの人達のキャリア形成にとって有益とは言えない。過去の成功体験とそれを支えるシステムは現状の変更を拒む空気を出しており、若い人たちも、創意工夫や挑戦を申し出ることは過去の成功体験や現行システムの否定をするのに等しいと感じてしまう。言うまでもなく、キャリア形成には良質な経験がもっとも重要である。もちろん、意図して部下が経験を積むのを邪魔してやろうと思う上司はいない。しかし、意図せずとも、現実には若い人たちも成功体験を理由に創意工夫や挑戦を阻まれたり、軽んじられたりして機会を失ってしまっている。成功体験は会社をイノベーターのジレンマに陥らせるが、同時に、若い人たちを経験貧乏に陥らせてしまうのである。
二つ目は、硬直的で過剰なルールの存在だ。適切なガバナンスを行っていく上で必要な規制・ルールは必要だが、顧客を十分に満足させる価値ある商品・サービスを生み出し続ける組織であることは、それ以上に重要である。現代の経営は、レギュレーションの設定・運用とバリュー創造への取り組みのバランスをうまくとることを求められている。ところが、これは容易ではない。レギュレーションは自己増殖するからだ。社内でクレームやトラブルが起こるたび、また世間で何か企業不祥事や事件があるたびに、新たな法規やガイドラインなどが役所から出されるたびにルールが新しく作られ、手続きやフォーマットが追加される。レギュレーションは、事例があり具体的なので取り組みや設定が容易であるし、設定そのものにはコストがかからない(ルールを作るのはタダである)ことも自己増殖する理由である。それに比べれば、バリュー創造への取り組みははるかに難しい。そして、レギュレーションの設定・運用とバリュー創造への取り組みは、そのバランスを著しく欠く結果となってしまう。もちろん、働く人たちのキャリアにつながるのはバリュー創造への取り組みに他ならない。
新しい「日本的人事論」
2018.06.16
2018.06.29
2018.07.18
2018.07.28
2018.08.20
2018.09.07
2018.09.19
2018.10.10
NPO法人・老いの工学研究所 理事長
高齢期の心身の健康や幸福感に関する研究者。暮らす環境や生活スタイルに焦点を当て、単なる体の健康だけでなく、暮らし全体、人生全体という広い視野から、ポジティブになれるたくさんのエビデンスとともに、高齢者にエールを送る講演を行っています。