組織・人事に関わる全ての施策は、日本人の特性や自社の独自性への洞察なしには機能しない。それは、OSが違えば、アプリが動作しないのと同じである。欧米の真似でもない、うまくいっている会社の真似でもない、日本企業において本当に機能する組織・人事の考え方や施策について思索・指南する連載。
三つ目は、ダメ出しの企業文化だ。短所や失敗に焦点を当ててそれを反省・修正させることによって、平均的・標準的な人材を作ろう、安心できる同質的組織を作ろうとする文化の存在と言っていい。ダイバーシティ&インクルージョンといったスローガンに対して頭では共感しているものの、実際に「強みや違いに焦点を当ててそれを伸ばし、多様な組織を作ろう」としている勇気ある経営者、管理職はかなり少ない。若手にチャンスを与えて育てていこうというコンセプトは掲げているものの、実際には、どうせ無理だろう、ステップとしてやらせてみようかという上から目線であって、心から期待し、ワクワクし、結果にも寛容で一緒にチャレンジを続けているような管理職は、かなり少ない。直接的なダメ出しや厳しい叱責は減っているが、それはハラスメントと判断されるのを恐れているだけだろう。このような、昔と大差ない企業文化の中で、次世代が良質な経験を通してキャリアを積んでいくことは期待できないし、研修や等級定義やスキルマップがなんの効果ももたらさないのも当然である。
●キャリア形成を阻む、本人のバリアー
以上の三点は、働く本人にも当てはまる。
成功体験が、新しい効果的な経験を遠ざける可能性は個人にもある。過去に成果につながった方法がどこでも、いつまでも通用するわけではないのは会社と同じだ。違う部署・職種・商品・顧客になれば、違う方法が求められることも当然ある。分っていても、他の人がやっている方法を真似るのは気が進まないといった気持ちの問題もからみそうだ。キャリア形成にとって成功体験は重要なのだが、一方で成功体験の記憶はキャリア形成の障害になりかねないのである。
組織や人を硬直的なルールが縛ってしまうのと同様、私達は誰にも言われなくても前例や習慣に縛られてしまう傾向がある。意識はしなくても今までやってきたから、皆がやっているからと当たり前のようにやってしまっていることは多い。実は、このような社内外の常識の中に疑ってかかるべき、変化させるべき事項が眠っている可能性がある。それらは経験を積めば積むほど気付きにくくなるし、その会社の常識は世の中の非常識というのも、同じことである。素人の素朴な感覚、市場や顧客からの客観的な視点を忘れることなく取り組まなければ、狭い世界の凡庸な経験しか積めず、世間的に通用する優れたキャリアにはつながっていかない。
ダメ出しの企業文化がなくても、私達の多くは自らの強みよりも短所に目を向け、成功よりも失敗を気にして、自分をネガティブに、あるいは実際よりも低く評価しがちである。ダメ出しされる前に、自分で自分にダメ出しをしているようなものだ。自分が周囲と異なっている点を修正しようとしたり、多数派が思っていることに配慮して無理な同調をしたりする傾向もある。健全な合意プロセスを踏むのであればよいが、単に同調圧力に騙されているような状態では、やはり凡庸なキャリアにしかならないだろう。
【つづく】
新しい「日本的人事論」
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NPO法人・老いの工学研究所 理事長
高齢期の心身の健康や幸福感に関する研究者。暮らす環境や生活スタイルに焦点を当て、単なる体の健康だけでなく、暮らし全体、人生全体という広い視野から、ポジティブになれるたくさんのエビデンスとともに、高齢者にエールを送る講演を行っています。