14歳から大人まで 生きることの根っこをかんがえる『ふだんの哲学』シリーズ 〈第5章|人生〉第4話
しかし、いくら熟考して決めた選択でも人生は自分の予想どおりに動くとはかぎりません。現実はまったくちがった展開になることがよく起こるものです。この世の中は、自分に都合のよい方向ばかりに動くほど底の浅い仕組みではないからです。私たちが生きていくうえで心に留めておきたいことは、自分がいま選択したことは、その時点では、正しいとも、正しくないとも、どちらとも言えないことです。ただ言えることは、自分の選択が将来振り返って「正しかった」と思えるように状況をつくっていくほんとうの勝負がそこから始まるということです。
早希は大学受験をひかえて二つの選択をした。一つは部活期間を伸ばすこと。もう一つは、自宅学習に切り替えること。それらの選択はその時点では、正しいとも正しくないとも言えませんでした。しかし、第一志望校に合格できず、結果的にその二つの選択は正しくなかったという状況になった。そのために、いま早希は自分のした選択を悔やんでいる。
しかし、その選択ははたして正しくなかったのでしょうか? こういうとき大事なのは、人生を5年、10年という長い時間でながめることです。人は悪いことが起こると、自分は運命にいじめられていると悲観的になります。しかし、悪いことは一過性の現象にすぎないかもしれません。むしろそれがあったからこそ最終的に自分はよい方向に行けたと思えるときが来るかもしれないのです。
ですから、くよくよ考えるより、楽観主義をもって新しい状況のもとで、新しい目標に向かっていくことです。そうやってなにかに邁進(まいしん)していくと、いつの日か、ふと、「あ、あの選択はまちがっていたわけではないんだ。あのとき失敗してこっちの道に来たことにはちゃんと意味があったんだ」と感じられるときが来るでしょう。そのときこそ、自分の選択を事後的に“正しい”ものにできた瞬間なのです。
“正しい選択をした”人が幸せになるのではありません。
その選択を事後の努力によって“正しいものにした”人が幸せになれるのです。
〈早希のその後の話〉
早希の大学4年間はあっという間に過ぎた。そして来春からは、一番入りたかった経営コンサルタント会社への入社が決まっている。難しい就職戦を勝ち抜いたのだ。早希は充実した気持ちで、自分を振り返る……。
早希は大学2年時に文学部から経営学部に転部した。そもそも文学部を受験したのは、ただなんとなくという理由だけだった。が、彼女は大学1年のなかごろから、明確に経営の勉強がしたいと思うようになった。
そのきっかけは、あの高3の予備校から自宅学習に切り替えたときに始まる。早希は自宅で勉強する時間が増えるにつれ、自営業をやる両親の苦労する様子がよく見えるようになっていた。自営業は数少ない働き手で、仕入れ、販売、接客、お金の管理などをこなしていかねばならない。母はいつも「だれかいい商売の相談相手がいると助かるんだけど」と言っていた。
早希は大学に入って、世の中に経営コンサルタントという職業があるのを知った。経営コンサルタントは、会社に経営のアドバイスや支援をおこなう仕事をする。彼女は「この職業について、全国の自営業のお手伝いをするのもおもしろいかな」と思うようになった。早希が失意のなか入学した大学は、うまい具合に学部変更の制度があったので転部も問題なかった。ちなみに、第一志望していた大学にはこの学部変更制度がなく、もしそこに入学していたら、途中で転部できたかどうかはわからない。
早希はそうして経営の勉強をし、就職活動では人気の経営コンサルタント会社K社を志望した。K社での面接のとき、彼女は面接官から、責任感やリーダーシップについて質問された。早希はその場で高校3年のときの部活を思い出した。自分が部長として期間を伸ばし活動したこと、後輩を育てることの難しさなどを語った。自分としては力強く答えられたと思った。……面接後、1週間がたち、K社から採用通知が届いた。
[文:村山 昇/イラスト:サカイシヤスシ]
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キャリア・ポートレート コンサルティング 代表
人財教育コンサルタント・概念工作家。 『プロフェッショナルシップ研修』(一個のプロとしての意識基盤をつくる教育プログラム)はじめ「コンセプチュアル思考研修」、管理職研修、キャリア開発研修などのジャンルで企業内研修を行なう。「働くこと・仕事」の本質をつかむ哲学的なアプローチを志向している。