ほんとうの自分 ~ダヴィデは石のかたまりの中にいた

画像: Yasushi Sakaishi

2015.09.18

ライフ・ソーシャル

ほんとうの自分 ~ダヴィデは石のかたまりの中にいた

村山 昇
キャリア・ポートレート コンサルティング 代表

14歳から大人まで 生きることの根っこをかんがえる『ふだんの哲学』シリーズ 〈第5章|人生〉第1話

たとえば、ヘレンケラーは先天的に三重苦(目が見えない、耳が聞こえない、口がきけない)の障害を抱えた。しかし、彼女は後天的な努力で見事にこれらを克服し、大きな人生を歩んだ。悪い境遇をむしろバネにして、よい方向へ自分を押し上げたのである。逆のことを言えば、生まれながらに恵まれた環境に育っても、そのことに甘えてしまい自己中心的な生き方になってしまえば、だれからも見放されてしまい、ついには不幸な人生で終えることも生じる。


さて、石の四兄弟の話に移ろう。ともかく彼らは、粗くて大きな石の身で生まれてきた(ここでは、あなたが粗くて融通のきかない資質で生まれてきたと想像してもいいでしょう)。そのとき、兄弟はそれぞれのどうしたか───

長男A石は、たぶん自分を直視するのがいやだったのだろう。自分の身がもっとなにか素敵なものだったらよかったのに、と現実逃避の旅に出てしまった。次男B石は、自分の外側を飾り立てて安心しようとした。たしかにいっときは人目を引くことはできるかもしれない。でも、雨や風に当たれば装飾ははげてしまうし、はげた姿はよけいにみすぼらしくなってしまう。さらに、B石の意識はどこにあるだろう。「人からどう見られるか」ばかりを気にしてはいないか。

その点、三男C石は自分という素材にきちんと目を向けた。そのうえで「この自分を世の中にどう役立てていけるか」というところに意識がある。そこで、自分の特性をもっとも生かすことのできる道でがんばろうとした。四男D石も自分自身から逃げなかった。彼は技術を磨き、自分自身を彫りはじめた。

イタリア・ルネサンス期の彫刻家ミケランジェロが彫った歴史的名作に『ダヴィデ像』がある。あの力強くも流麗な「ダヴィデ」はどこにいたのだろう?───それはたしかに粗大な石の塊(かたまり)の中にいて、ミケランジェロが彫り出したのだ。

「ほんとうの自分はどこにいるんだろう?」「自分はこれからどうなっていくんだろう?」といった不安はだれにでも起こる。そんなときこそ、自分という石の塊と正面から向き合い、刀を手にとって、自分を彫り出していくことが大事なんだろう。その逃げない行動を積み重ねることで、「ほんとうの自分」は姿を現す。

彫り出してみてはじめて、自分はなにを彫刻したかったのかがわかる。
彫り出してみてはじめて、自分の能力を証明することができる。
彫り出してみてはじめて、彫刻物が存在として影響力を持つ。
そしてなにより、その彫り出すことに懸命になった日々が宝の思い出になる。



[文・村山昇|イラスト・サカイシヤスシ]


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村山 昇

キャリア・ポートレート コンサルティング 代表

人財教育コンサルタント・概念工作家。 『プロフェッショナルシップ研修』(一個のプロとしての意識基盤をつくる教育プログラム)はじめ「コンセプチュアル思考研修」、管理職研修、キャリア開発研修などのジャンルで企業内研修を行なう。「働くこと・仕事」の本質をつかむ哲学的なアプローチを志向している。

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