料理は芸術か娯楽か:料理番組の是非

画像: ジャンフランコ・ヴィッサーニ

/料理は、芸術でも、娯楽でもない。愛だ。作った人と食べる人をつなぐ。その先には、素材を作った人、食べられる動物や野菜、それらを育てる環境、それを守る地域の人々もいる。そのつながりに愛があってこそ、舌の先でおいしさがシンフォニーになる。/

 じつはボルゲーゼも、2017年にミラノ市でレストランを開いてはいた。しかし、それは自分の番組で人気を得た後。彼は、ソムリエ学校に通って、クルーズ船などで調理の仕事をしたことがあるものの、「助調理師」の資格も持っていない。ヨーロッパでは、いまなおプロの世界ではギルド(同業者組合)の慣習が根強く、ヴィッサーニも、いくら二つ星レストランのオーナーでも、しょせんオーナーで、正規の「調理長」の資格が無いために異端扱いされ、それが三つ星には上がれない理由のひとつでもあった。しかし、彼のプライドは、まさに実際に店を切り盛りしてきたこと。それも無しに「調理師」を名乗るやつなど、許しがたかったのだろう。

 資格はどうあれ、たき上げのヴィッサーニの実力は確かだ。彼は目隠しをして、たった一口だけで素材を当てる。ヴィジュアルがどうこうなど論外。それだけではない。美食は、すべての人に開かれているべきだ、として、カーサ・ヴィッサーニでは、ディナーはともかく、ランチは、たった30ユーロ(3600円)。それで、これだけの料理、そして、ワインや水も、込み込み。ヨーロッパで、それも二つ星で、いくらランチでも、これはとんでもない破格の提供だろう。

 なにより彼の人柄だ。いかにも陽気なイタリアの親父。料理が楽しそう。そして、それこそが、ヴィッサーニの人気の秘密。どんなに偉くなっても、父親の建てたもとの食堂の名のとおり、庶民の親方。だから、彼に会いに、彼の作った料理を食べに、人が集まる。

 イタリアで、ママの作ったアーリオオリーオ(オリーブオイルとガーリックだけで味付けした主食パスタ、日本のおにぎりみたいなもの)に文句を言うバカがいるものか。ママが作ったら、それが絶対、それが最高。味など関係無い。まして、その見た目なんか、最初から目に入りもしない。ママが作った、それがすべて。

 料理は、芸術でも、娯楽でもない。愛だ。作った人と食べる人をつなぐ。その先には、ヴィッサーニが年来、『緑の道』でも力説し続けているように、素材を作った人、食べられる動物や野菜、それらを育てる環境、それを守る地域の人々もいる。そのつながりに愛があってこそ、舌の先でおいしさがシンフォニーになる。

 もっとも、ヴィッサーニ、ちょっと庶民っぽすぎる。イタリアではあまりによくあることだが、2019年、脱税がばれて、罰金をくらって、ミシュランの星を1つに減らされてしまった。それでも、親方らしく、そんなの、知ったこっちゃねぇ、と、負け惜しみで開き直っているのも、また彼らしい彼の魅力。

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純丘曜彰 教授博士

大阪芸術大学 哲学教授

美術博士(東京藝大)、文学修士(東大)。東大卒。テレビ朝日ブレーン として『朝まで生テレビ!』を立ち上げ、東海大学総合経営学部准教授、グーテンベルク大学メディア学部客員教授などを経て現職。

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