首絞め縄を綯うスト:20世紀的労働集約からの資本シフト

2023.09.23

ライフ・ソーシャル

首絞め縄を綯うスト:20世紀的労働集約からの資本シフト

純丘曜彰 教授博士
大阪芸術大学 哲学教授

/団結だ、なんて、古くさい頭で、来るべき時代に対応できるわけがあるまい。しかし、それは資本側も同じで、工場や機械、ビルや店舗さえ握れば、労働者たちが集まってきて、どうかあなたの下で働かせてください、と泣いて頼んで来るだろう、などと思っていたら、大間違い。/

米国の自動車産業や映画産業でのストが長引いている。いずれ妥結はするだろうが、根本的な解決にはならないだろう。たしかに自動車や映画は、いまだに典型的な労働集約産業で、労働者たちにストを打たれると、麻痺してしまう。しかし、資本側は、儲けるのに、なにもいまさら古くさい自動車や映画でなくてもかまわない。それどころか、連中は、もはやそんな将来性の無い産業から早く資本を引き剥がして、もっと可能性のある産業、自動運転ロボットやネットコンテンツにチャレンジしたい。それを資本側が強引にやれば、批判必至だが、労働者が自分たちで破壊するなら、渡りに船。

自動車は典型的な労働集約産業。およそ3万もの素材も工程も異なる部品を、それぞれの下請工場が作って持ち寄り、1台に組み上げる。おまけに、走れば痛むので、事故の修理はもちろん、定期的な整備も必要だ。そして、それを仕事として運転するタクシー、バス、トラックのドライバーたち。長距離道路の建設に関わる人々。その途中のガソリンスタンドやドライブインで働く人々。つまり、たった1台の車が波及的に何万人もの雇用を生み出す。だから、1907年に大衆向けT型フォードの大量生産が始まったとき、それは20世紀社会の基幹産業ともなった。

しかし、21世紀になって、世界の先進国は、いまやどこも人口減に向かっている。周縁部からガソリンスタンドやドライブインがばたばた潰れ、もはや長距離道路の維持もままならず、職業ドライバーになる若い人材も集まらない。こんな時代に、ムダに大量の労力を費やしてまで旧態依然とした自動車なんか作ったところで、どうなるものか。環境問題以前に、どう考えたって、部品数が少なく、メンテナンスも楽で、ドライバーも道路さえもいらない空飛ぶEVの輸送ロボットにシフトするのは、当然の成り行き。

たしかに、産業に労働力が必須だった20世紀には、労働者のストは大きな意味があっただろう。しかし、いま、それが減るのがわかっていて、それ無しに社会を維持できる方向へ切り換えようとしている。そして、もはやその出口の水門が開いてしまっている。そこで以前と同じつもりで労働者たちが旧産業に圧力を掛ければ、いよいよ資本は新産業に流れ出すだけ。

映画も同じ。いまどき音楽に生オケを使わないのと同じで、あの程度の映像を作るのに、あんなに多くのスタッフや役者は必要ない。まして、ホテルや販売、飲食、病院、介護、教育、風俗などの人的接客サービス産業も、今後もこのままで成り立つわけがない。ストをやって、ほら、オレたちがいないと、困るだろ、なんてやったところで、ああ、困るから、もうあんたたちには頼らんよ、とばかりに、あっさり次々に廃業し、もっと可能性のある産業に資本をシフトさせてしまう。

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純丘曜彰 教授博士

大阪芸術大学 哲学教授

美術博士(東京藝大)、文学修士(東大)。東大卒。テレビ朝日ブレーン として『朝まで生テレビ!』を立ち上げ、東海大学総合経営学部准教授、グーテンベルク大学メディア学部客員教授などを経て現職。

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