組織・人事に関わる全ての施策は、日本人の特性や自社の独自性への洞察なしには機能しない。それは、OSが違えば、アプリが動作しないのと同じである。欧米の真似でもない、うまくいっている会社の真似でもない、日本企業において本当に機能する組織・人事の考え方や施策について思索・指南する連載。
現代において、企業の人事部が人材育成におけるもっとも大きな問題と捉えているのは、社員の自立度を高めること、自律性を高めることだろう。社員や家族を含めて、その人生を丸抱えできた右肩上がりの時代においては、社員に自立を促す必要はなかったし、自分の意思で自律的に行動してもらう必要もなかった。むしろ、社員には会社へ存分に依存してもらい、脇目も振らず、余計なことは考えず会社の仕組みや指示に忠実に従ってもらうほうが、ありがたかった。
しかし現代では、会社がすべての社員を定年まで丸抱えする余裕はなくなり、ビジネス環境が複雑化・高速化しており、会社の指示通りにしかできない創意工夫に欠ける人材、内向きで視野の狭い依存型の人材はお荷物になりつつある。ところが長い間、会社に依存する姿勢を良しとしてきた多くの社員は、このような変化にいまだに対応できていない。自分の人生を自分で創ろうとする自立度も、決まり事や空気ではなく自分の思考や自分の意思をもって行動する自律性も、依然として低いままである。このギャップが、人事部や経営幹部を大いに悩ませている。
もっとも、この問題はバブル崩壊後の1990年代から盛んに指摘されていることで、新しくはない。しかしながら、あまりに根本的で本質的でヘビーなテーマであるために、多くの企業が目を背け、正面から取り扱うことを避けてきているのが実態である。その結果、今もなお、専門的知識や語学の習得やMBAといったスキル教育を施したり、内向きな「スキルマップ」を作成したり、役職別・階層別・職種別に求められるスキルを学習させたりと、小手先の人材育成策に終始してしまっている。
もちろん、それらの一つ一つが間違っているわけでないが、会社に施されることに慣れ、会社の意思や決まりや職場の空気に基づいて行動しているだけの依存型で自律性の低い社員には、期待したほどの効果は出ないし、だからいつまでも施しを続けることになり、結局、自立度や自律性は低いままになってしまう。例えれば、どのようなスキルも「アプリ」に過ぎないのであり、自立度や自律性といった「OS」が機能しなければ、上手に動作することはないということだ。
そもそも、日本のビジネスパーソンが「社会人」と言えるのかどうかという疑問も湧いてくる。辞書を引くと、社会人とは「学校や家庭などの保護から自立して、実社会で生活する人」とあるが、ビジネスパーソンは学校を卒業して会社の保護下に入っただけで、会社の保護から自立しているかというと、かなり疑わしい。大きな傘の下で保護されることを第一に望んでいる人も多いだろうし、学生だって保護してくれる力の強さを就職先選びの基準にし、採用側も社員を保護する力をウリにしていることが少なくない。ビジネスパーソンが「実社会で生活する人」かどうかと言えば、現実には、実社会というよりも会社の中に閉じこめられ、会社の論理や仕組みに染まっている人のほうが多いだろう。日本のビジネスパーソンは、学校卒業後は会社の保護下に身を置き、実社会とは距離のある会社の中で生活しており、「社会人」と評価するには足りない。自立度や自律性を高めるとは、すなわち「ビジネスパーソンの社会人化」と言えるだろう。
新しい「日本的人事論」
2018.09.07
2018.09.19
2018.10.10
2018.11.17
2018.11.29
2018.12.13
2019.01.31
NPO法人・老いの工学研究所 理事長
高齢期の心身の健康や幸福感に関する研究者。暮らす環境や生活スタイルに焦点を当て、単なる体の健康だけでなく、暮らし全体、人生全体という広い視野から、ポジティブになれるたくさんのエビデンスとともに、高齢者にエールを送る講演を行っています。