/応仁の乱と同じく、ヨーロッパの三十年戦争も、ややこしい。しかし、そのわかりにくさの元凶は、近代の領邦国家の感覚で理解しようとしているから。むしろ近代の領邦国家ができる課程でこそ、この戦争は起きた。同様に、われわれの未来も、現代の構図で理解しようとしたのでは、理解できないだろう。/
「イングランドのジェイムズ一世は娘婿を支援しなかったんですか?」「しないよ。ロンドン市だろうと、プラハ市だろうと、神がかった商人貴族の連中なんか、やっぱり大嫌いだったんだから。実際、ジェイムズ一世の宗教嫌いに愛想をつかして、清教徒のピルグリム・ファーザーズなんかは、一六二〇年八月には早々と、反教皇の聖堂騎士団が理想の新イェルサレムを建国しているはずの新大陸へ出発してしまった。ボヘミアの方も、二〇年十一月のビーラーホラの戦いに敗れて失敗。フランシス・ベーコンは一六二一年に汚職の嫌疑をかけられて失脚」「連携失敗の責任を取らされた感じだな」
薔薇十字教皇のねじれ
「でも、これじゃ、都市の商人貴族側が鎮圧されて、すぐに終わりそうじゃないですか」「ところが、ややこしいことに、カトリック教会の方が皇帝フェルディナンド二世を背後から抑え込みにかかったんだ。フィレンツェ市の商人貴族、バルベリーニ家は、世界に拡大するイエズス会とつるんで勢力を伸ばし、ローマの教皇庁に食い込むと、強引な親族主義で身内を次々と登用し、三十年戦争中の一六二三年にはついに一族のウルバヌス八世を教皇に押し上げた」「あー、ややこしい。北半ヨーロッパでは、都市の商人貴族たちはルター派だったけれど、イタリアではカトリックなのか」
「そのうえ、このウルバヌス八世は、甥のフランチェスコ・バルベリーニ枢機卿や、その秘書のダルポッツォとともに、かつてのルドルフ二世のようなオカルト的博物学者。とくにダルポッツィは、ダヴィンチ手稿なんかを研究して、ガリレオの科学サークル「山猫学会」のメンバーだったんだぜ」「カルヴァン派が話として捏ち上げたルター派の薔薇十字友愛団が、カトリック側で実体化してしまったということ?」「そのとおり。前に話したグエルチーノの『われアルカディアにありき』の絵も、バルベリーニ家のコレクションだったし、『アルカディアの牧人たち』を描いたプッサンは、ダルポッツオのぶら下りだ」「ルネサンスのころのブラマンテやダヴィンチとは、ずいぶん趣向が違う印象ですね」
「でも、この薔薇十字教皇一味は、教皇庁の莫大な資産を、めちゃくちゃな新宮殿の建設とイエズス会の国際展開で浪費した。おかげで、カルヴァン派だったメイソン連中がカトリック側に寝返り、仕事を取ろうと、蜜にたかる蜂のようにバルベリーニ家やイエズス会に群がって行った」「ああ、そのせいで、たいして長い栄華でもなかったのに、ローマ市中、バルベリーニ家の三蜜蜂の紋章だらけなんだな」
歴史
2017.07.15
2017.08.07
2017.08.12
2017.10.04
2017.10.23
2018.01.28
2018.02.17
2018.07.10
2018.07.17
大阪芸術大学 哲学教授
美術博士(東京藝大)、文学修士(東大)。東大卒。テレビ朝日ブレーン として『朝まで生テレビ!』を立ち上げ、東海大学総合経営学部准教授、グーテンベルク大学メディア学部客員教授などを経て現職。