/小さなドラマはどこにでもありうる。ほんの少しの気づかいと思いやりで、あなたがそれを始めることもできる。/
「ドウダッタ?」「ちょっとファンベルトが緩んでいました。もう大丈夫です」「アリガトウ。ホントウニ、タスカッタ。音ダケデワカル、アナタ、スゴイネ。アナタ、ワタシノ国ニ来マセンカ?」「ははは」「ワタシハ本気ダよ。ホラ、コレガ連絡先」「はぁ、ありがとうございます」「ドウシタ? 若イ人ハ、ナニゴトモちゃれんじダよ」「……それが、もう若くもないんですよ」「?」「……まだちゃんと聞いたわけじゃないんですけど、オレの子ができたのかもしれない」「オォ! ソレハ、オメデトウ!」「おめでたいのかなぁ……。とにかく彼女や子どもをしあわせにしないと」「イヤ、ソレガしあわせナンダよ。ナンナラ、家族ミンナデ来レバイイ。電話、待ッテルよ。ヨイくりすますヲ!」
また、誰もいなくなった。星も見えない。足下から底冷えする。事務所に戻る。「あれ?」 レジ裏に立方体の箱が二つ。きれいに包まれ、リボンまでかかっている。「あ、店長、忘れてったんだ。たいへんだ!」 電話をかける。「どうした? 何かあったのか?」「すみません、こんな時間に。でも、店長、お子さんたちにあげるサッカーボール、二つとも忘れてったでしょ」「ボール?」「レジの下の箱ですよ」「ああ、あれ、ボールじゃないよ。朝、仕事が終わった頃に電話しようと思っていたんだけど、あれはきみにと思って」「オレに?」「ちょっと気になったことがあってね。朝になったら開けてよ」「はぁ……」「じゃ、もうあと数時間、がんばってな」
「何だろう……」 二つの箱をテーブルの上に置いて眺める。それきり、だれも客は来なかった。外は白い霜が降りている。あたりが青くなってきて、やがて鳥の声が聞こえ始める。ラジオが朝の番組に変わる。もういいかな。リボンをほどく。フルフェイスのヘルメットじゃないか。中にカードが入っている。「安全第一」だって。交通安全の御守も。もう一つも、お揃いのヘルメット。「彼女用」だと。おまけに、なんだ、こっちは安産祈願? まだそうと決まったわけでもないのに、ちょっと気が早すぎるだろ。それに、クリスマスに神社の御守だなんて。いや、あの店長らしいか。
向かい側の山を朝日が照らす。あたりが黄金に輝き出す。さて、今日のデートは、どこに行こう? 自分たちでも、きちんと神社にお参りするか。それに、週明けには同窓会。東京に行った連中も、みんな帰ってくる。オレたちのこと、なんて言われるやら。そうそう、それより、あとでまた店に戻って、彼女といっしょに店長に御礼を言わないと。いろいろ大変だ。でも、オレももうすこし、この町で、がんばってみようかな。
物語
2013.12.23
2012.12.24
2015.12.17
2016.12.15
2017.12.20
2018.12.21
2019.12.17
2020.08.01
2020.12.23
大阪芸術大学 哲学教授
美術博士(東京藝大)、文学修士(東大)。東大卒。テレビ朝日ブレーン として『朝まで生テレビ!』を立ち上げ、東海大学総合経営学部准教授、グーテンベルク大学メディア学部客員教授などを経て現職。