『霜降り神話』に自縛される和牛業界

2026.01.16

経営・マネジメント

『霜降り神話』に自縛される和牛業界

日沖 博道
パスファインダーズ株式会社 代表取締役 社長

消費者のニーズと生産現場の論理、その乖離が限界に達しつつある。2026年の今、和牛が直面している構造的危機を「霜降り」というキーワードから解き明かす。

和牛業界を襲う「三つの壁」

この「霜降り神話」によって築かれた高い経済価値が、今や業界の首を絞める「自縛」の状態に陥っている。和牛業界が直面している課題は、主に以下の三点に集約される。

1. 消費者のし好の変化

健康志向の高まりや人口の高齢化により、「重すぎる脂」を敬遠する層が国内でも急速に拡大している。多くの消費者が求めているのは、赤身の持つ力強い旨味や、適度なサシとのバランスである。市場の供給方向と消費者のニーズが、完全に乖離してしまっているのだ。

2. 生産コストの爆発的増大

霜降りを極限まで高めるには、長期の肥育期間と、大量の輸入穀物飼料が不可欠である。近年の円安と国際情勢の不安定化に伴う飼料価格の高騰は、この「贅沢な生産モデル」を直撃した。コストを価格に転嫁すれば消費者が離れ、転嫁しなければ農家が潰れるという、逃げ場のないジレンマに陥っているのだ。

3. 輸出戦略の限界

海外市場において、当初「Japanese WAGYU」はその希少性から注目を集めた。しかし、世界のステーキ市場に浸透するにつれ、「メインディッシュとして食べるには脂が強すぎる」というネガティブな声が強まっている。世界的な健康志向と、和牛の「脂肪過多」というイメージは、もはや相容れないものになりつつある。

格付け制度という「壁」

なぜ、これほどまでに問題が明確でありながら、まともな方向への変化が起きないのか。その根本的な要因は、日本食肉格付協会の格付基準が「霜降り重視」のまま硬直化していることにある。

現場の生産者の中には、需要の変化を敏感に察知し、「美味しい赤身」へのシフトを望む者も多い。しかし、現行制度の評価基準が「サシ=正義」である以上、赤身重視の肉作りは「経営的な自殺行為」となってしまう。格付制度が変わらない限り、生産者の挑戦は事実上封じられているに等しいのである。

「神話」からの脱却を目指す動き

しかし、絶望ばかりではない。一部の先駆的な生産者の間では、放牧による「グラスフェッド(牧草飼育)」や、アミノ酸含有量など「旨味」を数値化した独自のブランド化など、霜降り神話からの脱却を目指す動きが加速している。

彼らが目指すのは、「白い肉」ではなく「美味しい肉」だ。 日本には、和牛という世界に類を見ない優れた遺伝資源がある。これを活かす道は「脂の量」を競うことではないはずだ。

私たち消費者がふるさと納税の画面で本当に見たいのはA5という記号ではなく、その肉がどのように育てられ、どのような旨味を持っているのかという物語である。

業界が「霜降りの自縛」を解き放ち、多様な美味しさを認める柔軟性を獲得することで、和牛が再び、真の意味で世界を魅了する食材へと進化を遂げることを期待したい。

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日沖 博道

パスファインダーズ株式会社 代表取締役 社長

「世界的戦略ファームのノウハウ」×「事業会社での事業開発実務」×「身銭での投資・起業経験」。 足掛け38年にわたりプライム上場企業を中心に300近いプロジェクトを主導。                     ✅パスファインダーズ社は大企業・中堅企業向けの事業開発・事業戦略策定にフォーカスした戦略コンサルティング会社。AIとデータサイエンス技術によるDX化を支援する「ADXサービス」を展開中。https://www.pathfinders.co.jp/                 ✅第二創業期の中小企業向けの経営戦略研究会『羅針盤倶楽部』を主宰。https://www.facebook.com/rashimbanclub/

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