5分でわかるショーペンハウアー『意志と表象としての世界』のあらすじ

2025.03.31

ライフ・ソーシャル

5分でわかるショーペンハウアー『意志と表象としての世界』のあらすじ

純丘曜彰 教授博士
大阪芸術大学 哲学教授

/ショーペンハウアーが25歳で若書きした『意志と表象としての世界』は、老練なカントやヘーゲルの本より、はるかに厄介で難解だ。それで、訳知り顔の連中の雑駁な抜書きだの孫引きだのが横行して、よけいわけがわからなくなる。だが、それこそ、彼がもっとも侮蔑した根拠原理の恣意的濫用だ。個々の言葉尻を追うのではなく、きちんと背景と文脈に即して、全体を一つの意志の流れとして掴むのでないと、彼の哲学は砂のように指の隙間から流れ落ちてしまう。/

「自分の夢に入りこんで調べるなんて、なにかSFのようだ」

でも、そこは楽園ではなく、ホッブズが言ったように、意志と意志との戦場です。なぜなら、自分だけでなく、石ころから国家まで、すべてのものの背後には、それぞれの正体不明の意志があるからです。人間が先んじて役立たずの抽象概念を目的として立てるということを除けば、意志があることにちがいはありません。闘争に阻まれ、どの意志も自分の欲求を実現できません。しかし、これらの諸意志は時空間の中で個々の物体に分断されていますが、多くの枝が同じ幹を持っているのと同じように、実際には同一です。世界自体に、世界意志としての創発性があるのです。

「諸意志の闘争は、当時の不協調の大衆や分裂したドイツを反映しているのだろう。一方、世界意志は、キリスト教の摂理、カントの合目的自然、ヘーゲルの世界精神と同じだろう。しかし、ショーペンハウアーは世界意志から神がかった合理性を排除した。彼にとって、合理性、つまり根拠原理は、むしろ、物事を認識するのに他のものに依存する人間的主観の話だった」


24.3. 闘争からの解放

たとえ不合理であっても、世界意志は、本来、すべての人や物に共通であるはずです。しかし、それならぜ私たちはこの世界で意志同士の闘争に苦しまなければならないのでしょうか。それは、私たちの世界認識が私たち自身の私的意志(利害)によって歪められているからだ、とショーペンハウアーは考えました。つまり、まさに私たちが、世界を諸意志との戦場にしている。

「この話は、知恵の実を食べた原罪に似ている」

だから、私たちは合理的根拠原理、つまり、他のものとの整合に依存せず、直観で世界の実相を認識する必要があります。第三巻で、ショーペンハウアーは、その方法が芸術だ、と言います。芸術家は人間的推論能によらず、世界を直観します。このとき、彼は私的意志(利害)のない純粋主観であり、彼が見ているものは自然普遍的な世界意志であり、彼は見たものを作品に表現します。それは世界意志のほんの一部かもしれませんが、彼の作品によって、私たちは、世界がどうあったはずか、そのイデア、つまり、世界意志そのもの、あるいは、現実世界がめざすものを思い起こさせてくれます。

「彼はまさにシュライエルマッハー(50)やベートーヴェン(48)と同時代のロマン主義者だ。ベルリン大学では、その後のフォイアーバッハ(14)とはちがう意味で、シュライエルマッハーの解釈学の影響も受けていたのだろう」

Ads by Google

この記事が気に入ったらいいね!しよう
INSIGHT NOW!の最新記事をお届けします

純丘曜彰 教授博士

大阪芸術大学 哲学教授

美術博士(東京藝大)、文学修士(東大)。東大卒。テレビ朝日ブレーン として『朝まで生テレビ!』を立ち上げ、東海大学総合経営学部准教授、グーテンベルク大学メディア学部客員教授などを経て現職。

フォロー フォローして純丘曜彰 教授博士の新着記事を受け取る

一歩先を行く最新ビジネス記事を受け取る

ログイン

この機能をご利用いただくにはログインが必要です。

ご登録いただいたメールアドレス、パスワードを入力してログインしてください。

パスワードをお忘れの方

フェイスブックのアカウントでもログインできます。

INSIGHT NOW!のご利用規約プライバシーポリシーーが適用されます。
INSIGHT NOW!が無断でタイムラインに投稿することはありません。