マッガフィンとスナーク、ムーミン

2024.08.01

ライフ・ソーシャル

マッガフィンとスナーク、ムーミン

純丘曜彰 教授博士
大阪芸術大学 哲学教授

/キプリング、ヒッチコック、ルイス・キャロル、そしてトーベ・ヤンソン。だれもがそれを狩ろうと奔走するが、だれもそれが何か知らないもの、それがスナークだ。しかし、スナーク狩りに駆り立てられる人々こそ、じつはスナークだったりする。/

敵味方がそれ手に入れようと争っているが、双方とも、それが何か知らない。キプリングの冒険小説はいつもそうだ、とヒッチコックが言って、自分の作品でも頻繁に利用した作劇法。しかし、これはさらに元ネタがある。ルイス・キャロルの『スナーク狩り』だ。

ハイデガーは、実存 dasein がモノに先立つことの実証として、モノを探す例を挙げた。モノを探すとき、実存はすでに探されるモノを先に見つけている。が、典型的なドイツバカのハイデガーには、「教養」と「ユーモア」が欠けていた。彼に先行して、ルイス・キャロルが、まさにハイデガーみたいなやつをスナークとしてあげつらっている。

スナークにはユーモアが無い。冗談が嫌いで、難解を好む。やたら野心的で、すぐに火を吐く。触れただけでも、マッチが燃え上がる。外面はぱりっと香ばしいが、中は空っぽ。夕暮れまで寝ていて、自分の屋台に籠もり、割れ目だらけの遠い島に住んでいる。

キャロルの『スナーク狩り』は、同じンセンス詩でも『アリス』のシリーズなどより暗い。登場人物がみな帽子屋みたいなやつら。これも元ネタがあって、as mad as hatter という言い回しがキャロルより前からある。帽子屋は、かつて、羊毛をフェルトに固めるのに水銀蒸気を使っており、その水銀中毒で中枢神経をやられ、「職業病」としてエレティスムを発症し、過敏症から興奮、憔悴、記憶障害、そして、譫妄を起こした。

じつのところ、水銀エレティスムかどうかわからないが、キャロル自身が、片耳が聞えず、つねに奇妙に曲がった姿勢で、まっすぐ立ったり座ったりできなかったように、なんらかの似たような発作を抱えていた。(青年期の百日咳の後遺症とも言われるが、それにしては、かなり重症であり、彼の11人もの兄弟全員が吃音で、吃音は水銀中毒の典型症例。彼の母も髄膜炎かなにかで若くして亡くなっている。彼の一家がいたデズバリーは、産業革命最盛期のマンチェスターとリバプールの間にあり、このあたりは、魚を含め、いまだに河川や土壌は有機重金属の工業汚染がひどい。)

その時代、異常者は、おうおうに座敷牢ないし怪しげな「マッドハウス」に密かに送られ、厄介払いされていた。1774年、つまり、米国独立戦争とフランス革命のころ、マッドハウス法で王立内科医師会がこれを監督することになり、1845年に設立された狂気委員会では、医師三人だけでなく、弁護士三人、篤志家三人も加わって、まともな認定「病院」に隔離すべく、「保護」に当たった。この委員会の事務長が法廷弁護士だったキャロルの叔父。

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純丘曜彰 教授博士

大阪芸術大学 哲学教授

美術博士(東京藝大)、文学修士(東大)。東大卒。テレビ朝日ブレーン として『朝まで生テレビ!』を立ち上げ、東海大学総合経営学部准教授、グーテンベルク大学メディア学部客員教授などを経て現職。

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