/いまの時代、へたに動けば動くほど、泥沼に落ちる。上には上がいくらでもいて、足で頭を踏みつけられるだけ。そんな競争に身をやつし、人生を切り売りしながら満身創痍の全力疾走を続けている連中が、金持ちや東京人にはいっぱい。/
だれがプロレスラーと戦おうとするだろうか。いまどき金持ちや東京人と張り合おうとするなんて、それと同じ。勤め人や地方人に勝ち目は無い。
あちこち立派な観光地が賑わっているそうだが、豪華な食事付きの宿泊費を見ると、とても自分に手の出る金額ではない。ああいうのは、風俗と同じで、そういう領収書を切れる人、もしくは、表に出せない現金を使い果たしに行くところ。一般人がむりして自腹で行ってみたところで、自分の予算では、どうせ裏山の崖が窓の前にあるような日陰の部屋しか泊まれないだろう。それなら、狭くても自分の家の部屋の方が寛げる。
外食も気が引ける。レトルトのハンバーグ程度のものでも、人に出してもらうとなると、けっこうな値段。ましてちょっと飲めるところなどとなったら、焼き鳥はもちろん、お茶漬けまで、暴利としか思えない金額だ。それだけのカネがあったら、家でもっとおいしいものをゆっくり食べられるのに、などと貧乏人は思ってしまう。
東京に行く、というのも、似たようなもの。あそこは、大企業務めか、ちょっとした会社を経営しているような余裕のある人が住む街。東京に憧れて田舎から出ていっても、自分の身入りで借りられるような部屋など、まず見つからない。それどころか、人混みに疲れて、ちょっとコーヒーでも飲みたいと思って座っただけでも、法外なカネを取られる。立って歩き続けて、あれこれ見て回れば、たしかにいろいろ刺激的だが、正直なところ、どれもこれも自分の人生とはあまり縁が無いものばかり。
とはいえ、宮仕えや田舎住まいがいい、なんて言う気も、さらさら無い。どちらも、上の方のだれかがなにか思いつきで言い出して、年中、それに振り回されるだけ。言っている方も、どうせうまくいくなんて思っていないし、それでどうなるわけでもないから、言われたとおりにとりあえずやって、やりすごすだけだが。
つまり、あちこちプロレスラーみたいな連中だらけで、なにをやっても勝ち目が無い。まともに勝負したら、文字どおり骨折り損のくたびれ儲け。そんなところに、人生の一発逆転を唱って、選挙だ、投資だ、資格取得だ、海外留学だ、結婚紹介だ、自己啓発だ、神仏だのみの霊感だ、などという怪しげな連中がつぎつぎと湧いて寄ってくるが、これらもまた、なけなしのカネを毟り取る、それどころか、新たに借金まで負わせて、きみをカネづるにしようする。
まあ、ようするに、いまの時代、生まれながらの勝ち組以外は、なにをやってもムダ。それどころか、へたに動けば動くほど、泥沼に落ちる。たとえ少しやつらに食い込んだところで、上には上がいくらでもいて、足で頭を踏みつけられるだけ。そんな競争に身をやつし、人生を切り売りしながら満身創痍の全力疾走を続けている連中が、金持ちや東京人にはいっぱい。
で、ほんとにうらやましいか? 戦争でも、隣のやつが勲章をもらうと、自分も欲しくなるのが人間のサガ。しかし、しょせん勲章だ。そんなものが、死んでもほしいか? 豪華な生活、と思い込んでいるものは、じつは社会承認の満足で、SNSでイイネを集めて喜ぶようなもの。まわりの人や物が多くなれば、トラブルも多くなる。いっしょにいて安心できる人、そこで暮らして安心できる場所。それこそ人生に必要で、それらを抜きに、どれだけのものがあっても、あまりうらやましくない。
経営
2023.08.28
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2024.10.28
大阪芸術大学 哲学教授
美術博士(東京藝大)、文学修士(東大)。東大卒。テレビ朝日ブレーン として『朝まで生テレビ!』を立ち上げ、東海大学総合経営学部准教授、グーテンベルク大学メディア学部客員教授などを経て現職。