デール・カーネギー『道は開ける』をいま読む

2021.10.20

ライフ・ソーシャル

デール・カーネギー『道は開ける』をいま読む

純丘曜彰 教授博士
大阪芸術大学 哲学教授

/戦中世代がPTSDによって戦前戦後の恐怖に精神的に強迫され続けたのとは方向が逆ではあるが、いまの我々もまた、戦後コロナ前の繁栄の期待に心を支配され続けている。コロナさえ収束すれば、あの賑わいと活気に溢れた「現代」の大衆社会が復活する、とかってに信じている。しかし、それももまた、一種の強迫観念であり、同じ worrying だ。/

 だからこそ、カーネギーは、徒手空拳で、その同調圧力、羨望の嫉妬と戦ったりせず、ただ笑って受け流し、むしろ再び神なるものを思い出して、その内なる正義の羅針盤にこそ従うように促している。すでに第四部で論じたように、復讐や反撃、それどころか他人に期待することさえも、自分の人生のムダ、とカーネギーは言う。それより、人は人、自分は自分。自分の手持ちのもの、それがたとえ不遇や後悔であっても、素材として生かし、神に向き合って、ただ正しいことをすればよい、と言う。そしてさらに、それが正しいことであればあるほど、いよいよまた羨望の嫉妬を買うことも承知しておけ、とまで、彼は言う。


ストレスの軽減

 第七部では、休息が論じられる。カーネギーは、worrying の元凶として、心身の「疲労」を問題し、休息による疲労からの回復こそが、worrying の解決、予防に有効だ、と言う。worrying が、戦前のPTSDや戦後のADによる強迫性障害のことであるとすれば、それを発症させる「疲労」とは、今日的に言えば、ストレスにほかならない。

 今日、頻繁に用いられるストレスという概念は、じつは意外に新しい。オーストリアのハンス・セリエ(1907~82)がカナダに移って戦時中に動物実験で研究したもので、刺激に対して適応しようとして破綻する現象を言う。これが人間についてもさかんに言われるようになるのは、50年代に入ってからのことであり、カーネギーが、この研究を知っていたかどうかわからないが、同じ概念、それも、さらにその後の心身症(心理的要因による身体の器質や機能の障害)を先取りしている。

 さらに興味深いのは、先述のように、カーネギーが認知行動療法的な解決を提案していること。精神的な疲労、ストレスの具体的な原因として、彼は、不安や緊張だけでなく、評価されない不満、感情の乱れ、さらには退屈なども挙げている。そして、その解消のために「休息」を言うが、しかし、彼の言う「休息」とは回復のことであり、そのために彼はむしろ働く休息を求める。

 忘れようとするのは、ムダ。というのも、忘れようとすれば、かえって忘れたいことに神経が集中して、よけいそのことが強迫観念になってしまう。いっそだれかに語って、心のつかえをすべて吐き出してしまった方が楽になれるだろう。また、カーネギーは、身体のリラックスも重要だと言う。ヨガ行者のように、筋肉や呼吸、さらには表情まで、ゆるっとしていれば、おのずから心もゆるっとする。

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純丘曜彰 教授博士

大阪芸術大学 哲学教授

美術博士(東京藝大)、文学修士(東大)。東大卒。テレビ朝日ブレーン として『朝まで生テレビ!』を立ち上げ、東海大学総合経営学部准教授、グーテンベルク大学メディア学部客員教授などを経て現職。

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