今から10年ほど前に『ザッポスの奇跡』という本を書いた。当時、アメリカのビジネス界に旋風を巻き起こしていた「ザッポス」という靴のネット通販会社の「企業文化戦略」についての本だ。ザッポスはどのようにして、あのアマゾンに「負け」を認めさせるに至ったのか。その独自性・優位性の源とは何なのか。
でも、ザッポスは、顧客がわざわざ電話をかけてきてくれる機会を、またとない好機だと考えた。「売上」は獲得できないかもしれない。でも、顧客を感動させるWOWのサービスを提供して、ごく個人的かつ感情的なつながりを築き、「生涯顧客(ライフタイム・カスタマー)」を獲得することができるのならどんなコストも安いものだ。
アマゾンを超越し続ける、革新的経営の実験場、「ザッポス」
アマゾンは効率主義の会社である。悪くいえば冷酷な会社でさえある。方針に合わないことにはさっさと見切りをつける。アマゾンに買収された会社の中には、ザッポスほどラッキーでなかった会社もある。たとえば、「ダイパーズ・ドット・コム(Diapers.com)」で知られたクイッツィ(Quidsi)社は、ネットでの紙おむつの販売を巡る熾烈な価格競争の末アマゾンに売却することを余儀なくされ、その後事業閉鎖の憂き目を見た。ザッポスとは違い、クイッツィを独立事業として存続させておく気はアマゾンにはなかったのだろう。
ザッポスがアマゾンに買収されて(「ザッポスとアマゾンが結婚して」とザッポスは表現する)はや11年。「独立した経営を続ける」という買収時の約束通り、ザッポスは依然として独自路線を行っている。「ザッポス・カルチャー」も健在なように見える。アマゾンが「ザッポス化」したということも、ザッポスが「アマゾン化」したということもない。この11年の間に、ザッポスのトニー・シェイは「ホラクラシー=セルフ・マネジメント」という新しい組織体制を導入し、称賛と同じくらいの批判も受けてきた。「社会的実験」と揶揄されることも多い「セルフ・マネジメント」だが、特に干渉することもなく、その自由な実践を許していることからも、ザッポスに対するアマゾンの尊敬の念は明らかであるように私には思える。
ネット通販において、「システム=IT」を究極にまで磨き上げることによって、ミスをなくし、顧客がそもそも企業にコンタクトしなければならない理由をなくすというのが、「顧客サービス」に対するアマゾンの初期の哲学であり、アプローチであった。生身の人間の力を最大活用するという、まったくの対極にあるザッポスのアプローチを社内に取り込み、観察および研究するというのが、アマゾンによるザッポス買収の思惑ではなかったかと今となっては思える。そしてその「観察および研究」というのは今でも続いているように思う。アマゾンCEOのジェフ・ベゾスは宇宙旅行の商業化を夢見てブルー・オリジン(Blue Origin)に出資しロケットを飛ばし続けるが、それと同様に、人の力を最大限に解き放つ組織の在り方を実験観察する目的で、「ザッポス」という名のラボに投資をしているようにも思えるのだ。そういった意味では、買収から11年が経った今でも、ザッポスはアマゾンを超越した存在なのである。
成功要因
2013.02.01
2012.02.02
2020.02.17
ダイナ・サーチ、インク 代表
ダイナ・サーチ、インク代表 https://www.dyna-search.com/jp/ 一般社団法人コア・バリュー経営協会理事 https://www.corevalue.or.jp/ 南カリフォルニア大学オペレーション・リサーチ学科修士課程修了。米国企業で経験を積んだのち、1982年に日米間のビジネス・コンサルティング会社、ダイナ・サーチ(Dyna-Search, Inc.)をカリフォルニア州ロサンゼルスに設立。米優良企業の研究を通し、日本企業の革新を支援してきた。アメリカのネット通販会社ザッポスや、規模ではなく偉大さを追求する中小企業群スモール・ジャイアンツなどの研究を踏まえ、生活者主体の時代に対応する経営革新手法として「コア・バリュー経営」を提唱。2009年以来、社員も顧客もハッピーで、生産性の高い会社を目指す志の高い経営者を対象に、コンサルティング・執筆・講演・リーダーシップ教育活動を精力的に行っている。主な著書に、『コア・バリュー・リーダーシップ』(PHPエディターズ・グループ)、『アメリカで「小さいのに偉大だ!」といわれる企業のシンプルで強い戦略』(PHP研究所)、『ザッポスの奇跡 改訂版 ~アマゾンが屈した史上最強の新経営戦略~』(廣済堂出版)、『未来企業は共に夢を見る ―コア・バリュー経営―』(東京図書出版)などがある。