今から10年ほど前に『ザッポスの奇跡』という本を書いた。当時、アメリカのビジネス界に旋風を巻き起こしていた「ザッポス」という靴のネット通販会社の「企業文化戦略」についての本だ。ザッポスはどのようにして、あのアマゾンに「負け」を認めさせるに至ったのか。その独自性・優位性の源とは何なのか。
靴をネットで買う「心理的ハードル」を越えさせる驚嘆のサービスの数々
もとより、靴をネットで買うことに関する心理的障壁は高い。普通に考えて、靴というのは「試着せずには買えない」商品である。でもネットでの買い物とは「バーチャル」な世界である。手元に届く商品は本物でも、それを選ぶプロセスはバーチャルである。
靴というのはブランドによって「フィット」がまったく違う。幅が広い靴もあれば、狭い靴もある。素材の硬さ、柔らかさ、インソールの感じ・・・。靴によってそれぞれ個性があって、履き心地がまったく異なるのだ。それをどうやって、試着せずに買えというのだろう。
そんな「心理的ハードル」を超えさせるために、ザッポスはその仕組みにあらゆる工夫を凝らした。
まず、ネットのお買い物でも「試着」ができるように、送料も返品もタダにした。しかも返品は外で履かなければ購入から365日間OKである。「念のために、自分が『これ』と思うサイズと、そのひとつ上のサイズと下のサイズ、つまり3通り全部オーダーしてください。そして自宅で『試着』していただいて、合わないものはすべて返品していただいて結構です」と、ネットでの新しい買い方をもってして顧客を促したのだ。
でもそればかりではない。靴を買うには相談する相手が欲しいだろうと、コンタクトセンターを大々的に運営した。24時間営業、年中無休のコンタクトセンターである。2004年に、それを実現するために、本社をサンフランシスコから、「眠らない街」ラスベガスへと移転した。年商200億円にも満たない「ネット通販会社」が24時間営業年中無休のコンタクトセンターを運営する。どう考えても正気の沙汰ではないように思えた。
「人が要らない」ネット通販へのアンチテーゼ
ネットの普及が始まった頃の「ネット通販ビジネス」の、起業家や投資家にとっての価値提案とは、「人が要らない」ことだった。そして店舗もいらない。つまり、コストを最小限に抑えられる。だから、当時はコンタクトセンターを持たないネット通販ビジネスも多かった。
しかしザッポスは、サイトの左上に大きな文字でフリーダイヤル番号を表示して、「いつでも電話をかけてください」と宣伝したのだ。
一般的に、ネット通販の受注チャネルというのは、「ネット」がメインである。ザッポスもこの類にもれず、今も昔も、ネット経由での受注が全体の95%程度、電話での受注は5%未満だ。売上を創出しないコンタクトセンターは、「コスト・センター(コストを生むだけのもの)」のようにも見える。だからごく一般のネット通販会社はコンタクトセンターに力を入れていなかった。たとえばアマゾンを例にとれば、顧客はアマゾンに電話をかけることはできなかった。(今はかろうじてサイト内のお問合せフォームから顧客サービスに連絡すると折り返し電話をしてくれる仕組みがある。)
成功要因
2013.02.01
2012.02.02
2020.02.17
ダイナ・サーチ、インク 代表
ダイナ・サーチ、インク代表 https://www.dyna-search.com/jp/ 一般社団法人コア・バリュー経営協会理事 https://www.corevalue.or.jp/ 南カリフォルニア大学オペレーション・リサーチ学科修士課程修了。米国企業で経験を積んだのち、1982年に日米間のビジネス・コンサルティング会社、ダイナ・サーチ(Dyna-Search, Inc.)をカリフォルニア州ロサンゼルスに設立。米優良企業の研究を通し、日本企業の革新を支援してきた。アメリカのネット通販会社ザッポスや、規模ではなく偉大さを追求する中小企業群スモール・ジャイアンツなどの研究を踏まえ、生活者主体の時代に対応する経営革新手法として「コア・バリュー経営」を提唱。2009年以来、社員も顧客もハッピーで、生産性の高い会社を目指す志の高い経営者を対象に、コンサルティング・執筆・講演・リーダーシップ教育活動を精力的に行っている。主な著書に、『コア・バリュー・リーダーシップ』(PHPエディターズ・グループ)、『アメリカで「小さいのに偉大だ!」といわれる企業のシンプルで強い戦略』(PHP研究所)、『ザッポスの奇跡 改訂版 ~アマゾンが屈した史上最強の新経営戦略~』(廣済堂出版)、『未来企業は共に夢を見る ―コア・バリュー経営―』(東京図書出版)などがある。