組織・人事に関わる全ての施策は、日本人の特性や自社の独自性への洞察なしには機能しない。それは、OSが違えば、アプリが動作しないのと同じである。欧米の真似でもない、うまくいっている会社の真似でもない、日本企業において本当に機能する組織・人事の考え方や施策について思索・指南する連載。
一方で、母親が自分の子供たちを包み込んで守るように、従業員全員を包み込んで守っているのに、日本企業の従業員はモチベーションもエンゲージメントも高くない(と言われている)のは不思議である。安心・安定を与えてくれる母のような存在である会社に所属しているのに、忠誠心ややる気が湧いてきにくいのは何故か。これも河合隼雄先生の「日本の男は永遠の少年だ」という指摘によって説明できる。
日本の男は、心理学で言う“母親殺し”(母という存在に依存する状態から脱し、精神的に自立し一人前になること)ができない人が多いという。同様に、日本企業の多くの社員は“会社殺し”ができず、いつまでも会社に依存したままであるのだろう。母親への本当の感謝や心からの恩返しは、依存した状態の少年にはできない。“母親殺し”に成功し、自立した個となって初めて母への本当の感謝の念が湧き、恩返しという行動に移せるというものだ。(一人暮らしを始めたり、子を持ったりして、はじめて母親への感情や視点が大きく変化する。)忠誠心ややる気が湧いてくるのは、これと同じで、“会社殺し”に成功し、自立した個となったときだ。母性型の企業であればあるほど(社員をかわいがり、包み込めば包み込むほど)、社員が自立から遠のきがちになる。その結果、いつまでも依存して甘えている子供のように、本当のやる気や心からの忠誠心が高まらないということになってしまう。
ダイバーシティが進まないのも、母性的であるがゆえだろう。すべての成員を平等に包み込み、場の均衡を重視し、そのために属性による序列をつけて、能力差や個性といった違いの発揮ではなく、同質的で抑制的な言動を求めるのが母性の特徴であるから、母性的とは、すなわち逆ダイバーシティのようだ。(日本の企業の「母性的」な仕組みやマネジメントが、「女性」の活躍を阻んでいるのは逆説的で興味深いが。)
とはいえ、社会も企業も「父性的」に変わることはほとんど無理だろうし、それによって失うものも小さくはないはずである。河合先生も、「母性社会・日本の病理」という著書名ではあるが、父性的に変わるべきだとはおっしゃっていない。大切なのは、企業組織の変革や処遇制度改革などの検討に際しては、変えることが出来ない我が国の「母性的な部分」に対する十分な自覚が欠かせないということだろう。
【つづく】
新しい「日本的人事論」
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NPO法人・老いの工学研究所 理事長
高齢期の心身の健康や幸福感に関する研究者。暮らす環境や生活スタイルに焦点を当て、単なる体の健康だけでなく、暮らし全体、人生全体という広い視野から、ポジティブになれるたくさんのエビデンスとともに、高齢者にエールを送る講演を行っています。