/歴史的な差別を近代が解放した、というのは、捏造された近代の神話だ。むしろ近代化こそが、人間の標準理想像をあまりに狭く画一的に定義したために、同調圧力によって、そのミドルクラスモラリティから漏れる人々を社会から排除し、かえって人権抑圧を引き起こした。この独裁者無き全体主義と戦うために、多くの人道思想家たちが自分自身の人生を賭けて奔走した。/
26.16. 戦後:1945年以降
フランクフルト大学のユダヤ人心理学者エーリッヒ・フロム(1900-80)は、1934年にメキシコに亡命しましたた。フロイトの影響を受けた彼は、1941年の『自由からの逃走』で、精神分析を通してナチズムの台頭を説明しようとしました。彼によれば、近代社会は人々を伝統的な共同体から解放しましたが、それは孤独と不安という空虚さをもたらしたにすぎませんでした。人々はこの空虚さを埋めるために、強い者にしがみつき、弱い者を踏みにじり、仲間の中に埋没しようとしました。ナチスはこうした三つの欲求に応えたのです。
「都市の新興宗教や労働組合も、この点ではよく似ている」
ハイデガーやフッサール、ヤスパースに師事したユダヤ人ハンナ・アーレント(1906-75)も、1933年にフランスへ、さらに1941年には米国へ亡命せざるをえませんでした。彼女は1951年の『全体主義の起源』で、ムッソリーニ、ヒトラー、スターリンは、秘密警察と強制収容所を伴っていた点で、他の運動とは根本的に異なる、と指摘しました。そのすべてはフランス革命における恐怖政治に始まりました。残忍な全体主義は、人類の敵を捏造し、国民に自分たちのユートピアを信じ込ませ、それを守るように強要します。このイデオロギー、あるいは空虚な世界観の下で、それは文字通り、個性を抹殺します。
「世界には多くの狂信集団があるけど、国家という檻に国民を閉じ込め、逃げ場のないまま洗脳するのは彼らだけだ」
戦争は終結したものの、勝利した国際連合の中ですぐ新たな対立が始まりました。スターリンは、態度を変え、ユダヤ人の帰還を要求しました。しかし、ドイツやイタリアだけでなく、英国やフランスも戦争で荒廃しており、そんな余裕はありませんでした。米国には、あいかわらずウォルト・ディズニー(1901-66)のような、頑迷な反ユダヤ主義者が数多くいました。結局、国連は、傲慢にも1947年にアラブ人のパレスチナにユダヤ人国家イスラエルを建国し、そこにユダヤ人を押し込めることを決定しました。米国国連代表のエレノア・ルーズベルトは、1948年、世界人権宣言の採択において重要な役割を果たし、人権問題に国連の役割を再定義しましたが、その後、冷戦が起こり、各地で代理戦争が勃発したことで、国連は機能不全に陥りました。
「スターリンにとって、ユダヤ人はただ支持を集めるための一時的な手段に過ぎなかった。実際、共産主義と資本家なんてうまくやっていけるわけがないし、貧しい難民なんて、ただ重荷でしかなかった」
しかし、自由の抑圧は極端な全体主義体制下だけでなく、より身近な状況にも存在します。シカゴ大学のデイヴィッド・リースマン(1909-2002)は、1950年に『孤独な群衆』で、新興住宅地の人々、「郊外住民」を分析しました。彼らは伝統にも内面にも導かれず、新しいコミュニティに溶け込むために、他者志向にならざるをえません。だれもが人々の顔色を伺い、他者の承認を求め、自分の欲望を抑えなければなりません。コロンビア大学のC・ライト・ミルズ(1916-62)も、1951年の『ホワイトカラー』でセールスマンを研究しました。彼らは商品やサービスを売る前に、まず自分自身を売り込まなければならならず、そのために、親しみやすさを身につけ、顧客と同じ価値観を共有する必要があります。
「自ら奴隷になることが、世間で成功する鍵だ」
さらに悪いことに、近代化は社会の拡大を招き、人々を都市への移住へと駆り立てました。これに伴い、人間を商品として扱う風潮が蔓延し、社会に参加するための「人間らしさ」、つまり正常な人間であるための基準が狭く画一的になってしまいました。現代社会における希薄な人間関係は、多くの人々を孤独に陥れ、彼らは自らも同調圧力に屈するだけでなく、あるコミュニティへの帰属意識を得るために、匿名で弱者を差別したり、他者の自由を阻害したりするようになります。こうして、人々は独裁者無き全体主義を形成してしまうのです。公民権はすでに認められていたにもかかわらず、それが守られなかったから、マーティン・ルーサー・キング・ジュニア(1929-68)は目に見えない敵と戦わなければなりませんでした。一方で、自分の人権を主張することで、不当に自己の利益を拡大し、他者を抑圧する人々もいます。人権とは単なる権利ではなく、他者の権利を尊重する義務でもあるのです。それは他者の足下で終わらなければなりません。
純丘曜彰(すみおかてるあき)大阪芸術大学教授(哲学)/美術博士(東京藝術大学)、東京大学卒(インター&文学部哲学科)、元ドイツマインツ大学客員教授(メディア学)、元東海大学総合経営学部准教授、元テレビ朝日報道局ブレーン。
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大阪芸術大学 哲学教授
美術博士(東京藝大)、文学修士(東大)。東大卒。テレビ朝日ブレーン として『朝まで生テレビ!』を立ち上げ、東海大学総合経営学部准教授、グーテンベルク大学メディア学部客員教授などを経て現職。
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