/ヴァンスが「ヒルビリー」という言葉をバッジにするとき、アパラチアン・ホワイトトラッシュと、愚昧だが純朴な自給自足の万能人、古き良きアメリカ人の理想という二つの相反イメージをあえて混同して利用している。/
かような事情で、同じヒルビリーでも、アパラチアンとオザーカンでは気質が違う。アパラチアンは、現在では都市化の中での下層。一方、オザーカンは時代錯誤の田舎者。前者は搾取や薬物などで没落し続けているのに対し、後者は近代から取り残された原始的な生活に甘んじている。どちらも、仲間内のみで固まり、頑迷に都会的な価値観に反発し、出口の無い悪循環に陥っている。
ヴァンスはアパラチアン・ヒルビリーで、田舎者というより、フィラデルフィアと同じく、都市労働者崩れの貧困層「白い奴隷」であり、大草原(オクラホマ)の没落牧畜農民層「オーキー」などとともに、いわゆるホワイト・トラッシュ(白んぼのクズ)に属する。一方、オザーカン・ヒルビリーは、『カーズ』の牽引車メーターがその性格のステレオタイプであり、『じゃじゃ馬億万長者(ビバリー・ヒルビリーズ)』(1960~69)で描かれたように、愚昧だが純朴で、やたら銃をぶっぱなしたがるが、のんきな釣りも大好きな自給自足の器用な万能人であり、近代化に振り回されず、コミュニティ第一にワークライフバランスの取れた日々を大切にする、古き良きアメリカ人の理想と信じられ、テーマパーク「シルバーダラーシティ」には全米の都会から多くの観光客が自分たちのアイティティの原点として「学習」に訪れている。
ヴァンスが「ヒルビリー」という言葉をバッジにするとき、この二つの相反イメージをあえて混同して利用している。しかし、どちらも、たしかに東海岸と西海岸の都会の富裕インテリ連中が、きれいごとを言いながら、放置してきた人々にはちがいない。ただ、実際に政権を取った場合、現代人が憧れるオザーカン・ヒルビリー、開拓アメリカ人の原点という理想で、ホワイトトラッシュを救えるのだろうか。
解説
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大阪芸術大学 哲学教授
美術博士(東京藝大)、文学修士(東大)。東大卒。テレビ朝日ブレーン として『朝まで生テレビ!』を立ち上げ、東海大学総合経営学部准教授、グーテンベルク大学メディア学部客員教授などを経て現職。