組織・人事に関わる全ての施策は、日本人の特性や自社の独自性への洞察なしには機能しない。それは、OSが違えば、アプリが動作しないのと同じである。欧米の真似でもない、うまくいっている会社の真似でもない、日本企業において本当に機能する組織・人事の考え方や施策について思索・指南する連載。
ここ数年、オフィス改革が注目されている。「アクティビティ・ベース型ワークプレイス(ABW)」と言われるものが典型だ。フリーアドレスはデスクを固定せず、どのデスクでも仕事ができるようにするものだが、ABWはデスクが固定化していないだけではなく、オフィス内のスペースを多様化し、従業員は仕事の種類や時々の必要性に応じて、スペースを選んで働く。例えば、集中してモノを考えたいときは、ほかの人の会話や電話が耳に入ってこないような閉じた空間に身を移し、会議の時には関係者が明るく開放的なスペースに集まる。普通のデスクもあるが、立ったまま作業ができるハイデスクや、仮眠室・コーヒースペースなどもある。色合いなども工夫されており、リラックスして、明るい気分になれる。自由に働いている実感が生まれる。目的を持って動くので、それぞれのスペースに短時間しかいなくなって効率が上がり、各スペースを人が行き来することで、交流も生まれやすい。
私は人事を専門とする者として、ABWを見たとき敗北感を覚えた。人事的なアプローチでは、ルールや制度で人を動かそうとする。就業規則、評価制度などの処遇ルール、等級などに関わる役割規定などを作り、それらによって人を動機付け、秩序と活気ある職場を実現しようとする。しかしこれらは、なかなかうまくいかない。少なくとも、長期間の検討・調整が必要になるし、効果が表れるのもかなりの期間を要する。
ところが、ABWのような、物理的アプローチは容易に人の行動や感情を変えてしまうのである。簡単な例を言えば、会議時間の短縮というテーマにおける人事的アプローチは「資料を事前配布すること」「会議のゴールを設定すること」「遅刻厳禁・5分前終了を規則とする」といったものになるが、ABWのような物理的アプローチでは、何も言わなくても必要に応じてしか人は集まらないし、必要な人だけが参加して、話は盛り上がってすぐに終わっているように見える。生産性の向上、業務の効率化などと言われなくても、勝手にその方向に進んでいっているようである。
ABWは、オフィスを作っているのではない。よく見れば、ABWは働く人の意識を変え、職場の空気を変えているのが本質であると分かってくる。まず、自分の居場所はオフィス全体であるという意識になってくる。そこに集う人たち全員が仲間であるという感覚になる。仕事に合わせて自由に場所を選べばよいということは、どこで何をしようが本人の自由であるというメッセージである。このような働く人たちの意識変化は、職場の空気を明るく闊達にしていく。このような空気によって、発言が建設的になり、アイデアが生まれやすくなるから、成果や生産性とも無関係ではないだろう。
新しい「日本的人事論」
2019.01.31
2019.02.27
2019.03.20
2019.03.28
2019.04.20
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2019.06.27
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2019.11.28
NPO法人・老いの工学研究所 理事長
高齢期の心身の健康や幸福感に関する研究者。暮らす環境や生活スタイルに焦点を当て、単なる体の健康だけでなく、暮らし全体、人生全体という広い視野から、ポジティブになれるたくさんのエビデンスとともに、高齢者にエールを送る講演を行っています。