人事部長に求められる能力とは?(【連載29】新しい「日本的人事論」)

画像: pika1935

2019.08.13

組織・人材

人事部長に求められる能力とは?(【連載29】新しい「日本的人事論」)

川口 雅裕
NPO法人・老いの工学研究所 理事長

組織・人事に関わる全ての施策は、日本人の特性や自社の独自性への洞察なしには機能しない。それは、OSが違えば、アプリが動作しないのと同じである。欧米の真似でもない、うまくいっている会社の真似でもない、日本企業において本当に機能する組織・人事の考え方や施策について思索・指南する連載。

「人事」という言葉は曖昧で、使う人の立場やその時々の状況でいろいろな使われ方がなされる。経営者が「人事」と言う場合は、組織を変えたり人の配置を変更したりする意味であることが多い。中途採用などで「人事の経験者」を募集すれば、処遇システムの設計や研修の企画・実施をやっていた人はもちろん、評価や異動、労務管理の経験者、採用担当者、給与計算をやっていた人など、様々な人から応募がある。学生が「人事」という場合は、たいてい新卒採用のことを指している。

もちろん、いずれも人事部が担当している業務だからそれでいいのだが、人事部自身がその目的を定められない状況に陥りがちなのは、問題である。人事という言葉が曖昧であるのと同じように、人事部自身がその目的を曖昧なままにして業務を進めてしまっているケースはあまりに多い。人事部には、制度設計・教育研修・評価・異動・労務管理・勤怠管理・採用・給与など多岐に渡る業務があるが、これら相互の関連は実は容易には見つけられず、往々にしてバラバラに動いてしまっている。それぞれが、異なる目的を持って業務に取り組んでいる結果、互いの理解も協力も進まず、部内にセクショナリズムのようなものが出来上がってしまってケースも少なくない。

例えば、こんな状況である。採用担当が、他社に負けない優秀な人材を頑張って採用してきた。ところが、それに対して教育研修担当者は「誰がどうやって育てるの?」と冷めた目で疑問を呈し、残念ながらミスマッチで退職してしまったケースでは労務管理の担当者が「採用ミスだ」と批判する。採用担当者からは、せっかく採用してきた人が育たず、モチベーションも高まらないのは、評価や給与のイマイチな仕組みをずっと放置しているからだと制度設計担当者への不満がたまっている。そんなストレス状況の中、人事部内の違う担当者からは女性活躍推進、長時間労働の是正、業務の効率化、職場環境の改善、コンプライアンス体制の見直しといった、まったく異なる視点の対応が提案されてくる。

組織がこのようになってしまう原因は、通常、リーダーの力不足である。人事部を束ねるポジションにいる者が、「人事の目的」を理解せず、目的がないから「グランド・デザイン」を描くこともできず、さらに、人や組織というものに対する自らの「思想」や「理念」もないからである。

人事の目的は、「外部環境の変化に対して、組織や人材を最適化すること」だ。したがって、人事部長の視点は、まず外部環境の変化(過去・現在・未来)であり、次にその変化と内部の組織・人材とのギャップに向かねばならない。外部環境がどのように変わってきたのか、どのように変わっていくと考えているのか。それに対して、自社の組織・人材の強みは何で、改善すべき点は何か。そこから導き出される施策は何で、それらの優先順位をどのように考えるのか。これを言語化し、人事関連業務に携わる者すべてに分かりやすく伝え、理解させるのが人事部長のもっとも重要な役割である。そもそも、リーダーシップの前提はこのような所信表明なのであり、これによって人事部の目的を一つにすることができる。もちろん、人事施策の現実的な内部調整にも関わらざるを得ないが、そのようなことばかりに翻弄されていては人事部長の職責を果たすことはできない。逆に言えば、内部調整に長けている点だけを長所とする人事部長は、たいてい上に書いたような人事部を作ってしまう。

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川口 雅裕

NPO法人・老いの工学研究所 理事長

高齢期の心身の健康や幸福感に関する研究者。暮らす環境や生活スタイルに焦点を当て、単なる体の健康だけでなく、暮らし全体、人生全体という広い視野から、ポジティブになれるたくさんのエビデンスとともに、高齢者にエールを送る講演を行っています。

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