組織・人事に関わる全ての施策は、日本人の特性や自社の独自性への洞察なしには機能しない。それは、OSが違えば、アプリが動作しないのと同じである。欧米の真似でもない、うまくいっている会社の真似でもない、日本企業において本当に機能する組織・人事の考え方や施策について思索・指南する連載。
目的を理解し、それに基づいた課題を明確にしたら、次は、「グランド・デザイン」を描くことだ。車のナビゲーションと同じように、目的地と現在地の距離、そして目的地に行き着くまでの道筋と施策、到達時間を可視化する。そして、それらを各担当の業務に関連づけていく。所信表明が、問題(外部環境の変化に対応できていない部分の指摘)と、問題解決のための課題・施策を羅列したものであるのに対し、グランド・デザインは、問題が解決した状態(外部環境の変化に対する最適状態の描写)と、それを実現するための役割分担とアクションプランである。このような「大きな絵」を思考し、描き、伝えられるかどうかが人事部長に問われることになる。
最後に問われるのは、人事部長としての思想や理念である。人や組織に対する責任を負う立場として、自分がどのような人間観、組織観を持っているのかを明らかにすることだ。人間はどのようにすれば育つのか、どのようなときにやる気になるのか。組織はどのようにすればうまく回り、機能するのか。人は変わるのか、変わらないのか。優れた上司とは何か。このような抽象的で深い問いに対する持論である。これは、人事部長の判断軸を支配するものであり、人事が行う施策や立てる企画にも大きな影響を与え、また人事部員の言動も左右するから、曖昧なままにしたり黙っていたりしていていいものではない。
人事部長としての思想や理念は、人事に関わる理論を本などで学べば獲得できるというものではまったくない。リーダーシップ、マネジメント、組織開発、コミュニケーションなどの分野の様々な知見を学ぶことは、もちろん悪いわけないが、それをそのまま人事部員の前で披露したところで、よく勉強していることが分かるだけだからだ。人事部員の心をつかむのは、多様な場面や人とのかかわりを経験し、そこから洞察して獲得した、人事部長ならではの深く独自性のある人間観・組織観である。
人事という仕事は、「法令を守っていればいい」という仕事ではないし、うまくいった他社の例や世間の横並びを参考にしてやれば上手くいくという仕事でもない。ビジネスも違えば、規模も歴史も人材も会社によってそれぞれであり、それゆえにオプションは無限であり、人事とはフリーハンドなのである。そのような状況で、結果にもっとも影響を与えるのは、人事部長の極めて抽象的な思考力と、それを支える人格や教養だろう。人事部長に求められる能力とは、社内人脈でも個別案件に是々非々で調整・対応する力でもない。『環境変化に組織と人をどう最適化させるか、という人事の目的に即した“所信”を作り、表明する力』、『グランド・デザインを描き、伝え、ナビゲートする力』。そして、磨き続けてきた人格や、会社人間とは違う幅広い見識と教養が滲み出るに違いない『独自の優れた人間観や組織観』の三点なのである。
新しい「日本的人事論」
2019.03.20
2019.03.28
2019.04.20
2019.05.16
2019.06.27
2019.08.13
2019.11.28
2021.06.14
2021.08.10
NPO法人・老いの工学研究所 理事長
高齢期の心身の健康や幸福感に関する研究者。暮らす環境や生活スタイルに焦点を当て、単なる体の健康だけでなく、暮らし全体、人生全体という広い視野から、ポジティブになれるたくさんのエビデンスとともに、高齢者にエールを送る講演を行っています。