ある日突然K社はかつて隆盛を誇ったM社との合併を発表した。K社のヤリ手女性CEOは腹心の部下で、超一流大学出のエリートと、「対等」なパートナーであるM社の幹部候補だったが直前にM社を見限って辞めた人物を部長に据え、合併作業を進めた。
合併相手のM社社長は社内を「全員受入れ」「解雇なし」でまとめあげ、さらには全盛期に蓄積した豊富なキャッシュフローを武器に、この合併によってかつて追い抜いた業界最大手のJ社への攻勢の足掛かりを得られるものと、真剣に考えていた。宣伝の上手いK社はマスコミの注目を集め、稼働前から新生会社は早くも業界最大手をしのぐともてはやされていた。
かつて全盛期には業界トップに立ったM社だったが、長年の衰退で販売力もブランド価値も落ち、独力での業績回復はとうてい望めない状況だった。業界トップのJ社のシェアは消極的支持に過ぎず、事実ブランド調査などでもJ社への支持は「他社よりまし」程度のものが多かった。2位以下の企業連合で販売ルートをまとめ上げれば、決して盤石ではないシェアは崩せる。その見立てはあらゆる業界関係者も同意するもので、業界再編は誰もがその効果を認めていた。
しかし一度トップの座を味わってしまったM社では、地道な営業努力を怠り、皆自分の力でトップに立ったというカン違いから、大同団結とは程遠い対立が尾を引いていた。一流大学出身の社員は経営理論を振りかざして地味な営業を嫌った。ドブ板営業でM社をかつてトップに育てたベテランはリストラされたり、閑職へと追いやられていた。
そんな沈滞したM社にとって、数ヵ月前にスマッシュヒットで製品がバカ売れしたK社との合併は千載一遇のチャンスであり、古くさびれてしまったM社のブランドごと丸々看板をかけ代えることで、再び反転を仕掛けることができる乾坤一擲が合併だった。
販売の神様と呼ばれ、かつてM社を業界トップに据えた老経営者は、リストラされる前に独立して個人商店で営業を続けていたが、業界の再編と営業の基本である販売力強化、地道な販売ルート統一によるシェア逆転を理論的に訴え、M社主導の再編は徐々に現実性を帯びていた。マスコミの脚光を浴び始めた最後発のK社と、M社社長は突如合併をぶち上げた。
K社CEOへの注目から、この動きは一気に加速し、地味な業界再編は吹き飛び、もはやM社社長はK社との合併外、何も見えなくなっていった。
実際K社の業界プレゼンスは抜群で、放っておいてもPRが記事になる正に登り調子の絶頂を迎えていた。この熱に冒されたような特異な空気はM社全社を支配し、社長だけでなく、幹部も社員もこぞって全員が合併を大歓迎した。社長はそうした背景を背に、取締役会の全権委任を勝ち取り、K社との合併協議は始まった。
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2023.07.31
2009.02.10
株式会社RMロンドンパートナーズ 東北大学特任教授/人事コンサルタント
芸能人から政治家まで、話題の謝罪会見のたびにテレビや新聞で、謝罪の専門家と呼ばれコメントしていますが、実はコミュニケーション専門家であり、人と組織の課題に取組むコンサルタントで大学教授です。 謝罪に限らず、企業や団体組織のあらゆる危機管理や危機対応コミュニケーションについて語っていきます。特に最近はハラスメント研修や講演で、民間企業だけでなく巨大官公庁などまで、幅広く呼ばれています。 大学や企業でコミュニケーション、キャリアに関する講演や個人カウンセリングも行っています。