ワークライフバランスの目的、捉え方、取り組み方。
ワークライフバランスは、育児や家事に携わる女性や親の介護が必要になった人達というより、むしろ中高年男性にとって重要だ。仕事場や仕事上の付き合いとは無関係な環境に身を置けば、多様な価値観や視点や知識を得ることができるし、自分が身につけてきた能力やノウハウを相対化・客観視できる。社内や業界の慣習に染まってきた自分の改善すべき点や新たな可能性に気付ける。損得勘定を考えなくて良い付き合いは、リラックスできる。飼われているように職場に閉じ込められているよりは、世界が広がり、モチベーションが上がり、アイデアも出やすくなるから仕事にも好影響があるだろう。
ワークライフバランスの目的は、「働く人を会社という閉じた空間から解放することで、保有する多様な能力を開花させ、それが仕事に効果的にフィードバックされること」と考えるべきだ。顧客の多様性に柔軟に対応する能力を身につけるための手段がワークラーフバランスなのであり、だからこそ、企業はワークライフバランスを推進する必要があり、その能力にもっとも欠けているのが、これまで職場に閉じ込められてきた中高年男性なのである。
最後に、“ワーク”の捉え方だ。
ワークライフバランスの推進を阻むのは、“ワーク”に対する主として中高年男性の旧い考え方である。中高年男性には、労働によって人格が磨かれ、人として成長できるといったような、労働そのものに意味があるという考え方が根強くある。そして、家庭生活や家事・育児、地域社会における活動、公共的活動などを、労働より下に位置づける。「誰のおかげで、飯が食えていると思っているのか」という物言いが典型的だ。労働とは人を成長させながら、カネを生み家族を養い、経済をまわす価値ある活動であって、その他の活動は労働に対するオマケのようなものだといったパラダイムである。その視点からは、ワークとライフのバランスをとることの意味が分からないはずだ。
そういう人達はだいたい、定年退職すると家事ができない、地域に居場所や役割が見つけられない、友達もいないので生活が辛く寂しくなってしまうから、そうなって初めて労働以外の諸活動にも同じように意味があることが分かるのだが、現役時代にはなかなかこれに気付けない。人間の活動には本来、食い扶持を稼ぐための仕事(ワーク)以外に、衛生的かつ愛情ある生活を営むための活動、知的で文化的な活動、地域や次世代や公共に貢献するための活動など(ライフ)がある。長時間労働は、食い扶持を稼ぐための仕事だけに(自社が利益を上げるための活動だけに)人を縛り付けることに他ならない。企業が社会的存在であるなら、従業員が仕事以外の活動に割く時間を担保するのは当然のこととも言えるだろう。ワークライフバランスが本質的な意味で実現するかどうかは、このような労働観を共有できるかどうかにかかっている。
組織というもの
2016.01.29
2016.02.12
2016.03.11
2017.08.04
2017.08.17
2017.09.13
2020.07.11
2020.07.31
2020.09.12
NPO法人・老いの工学研究所 理事長
高齢期の心身の健康や幸福感に関する研究者。暮らす環境や生活スタイルに焦点を当て、単なる体の健康だけでなく、暮らし全体、人生全体という広い視野から、ポジティブになれるたくさんのエビデンスとともに、高齢者にエールを送る講演を行っています。