世上取沙汰されている交渉事項に隠れているが、TPPの本当の問題点はISDS条項である。妥結を焦るあまり、うっかり受け入れてしまうと、国の政策が振り回されてしまいかねない危険をはらんでいる。先進国を含む多国間協定にこの条項は相応しくなく、もし訴訟乱発を防ぐ歯止め策をきちんと構築できないのなら、むしろ排除すべきである。
この条項の導入に最も強硬に反対してきたのは豪州である。その懸念には裏付けもある。1993年締結の豪州・香港投資協定のISDS条項に基づいて、フィリップ・モリスの香港法人が豪政府に補償の支払いを求める国際調停手続きを起こしているのである。喫煙抑制を目的に2011年に成立した「プレーン・パッケージ」法(たばこ箱からロゴ表示などの宣伝色を一掃)など、一連の豪政府の規制措置が同社の利益を不当に侵害しているとの主張である。
また、この条項は拡大解釈を許しやすく、訴訟を起こす側の戦略が巧妙だと、制度そのものを変質させる事態すら想定できる。
例えば遺伝子組み換え食品のように日本が明確に禁止しているものですら、グレーゾーンにあるものを規制対象としようとすると、損害を受けたとして米国企業から訴訟を起こされる可能性があり、やがては実質的に規制できなくなるかも知れない。
事実、2012年に発効した米韓FTAはISDS条項を含んでおり、その結果、米国企業からの訴訟を恐れて遺伝子組み換え(GMO)穀物を排除できなくなった韓国の学校給食市場には、米国産GMO食品による学校給食が始まろうとしているそうである。
ではそんな一見理不尽とも思える訴訟がなされた場合にどう処理されているのか、国際投資紛争解決センターに提訴された訴訟案件の実態を見てみよう。
1994年にアメリカ、カナダ、メキシコの三国間で締結された北米自由貿易協定はISDS条項を含んでおり、その後米国企業がカナダとメキシコの両政府を訴えたケースは36件もあり、請求棄却はわずか6件に過ぎない(ちなみに米国政府が訴えられたのはわずか15件で、敗訴はゼロだそうだ)。決着したケースのうち米企業が賠償金を得たのは6件、アメリカ企業の敗訴はないとされる。
和解の場合も米企業が事実上勝訴する内容が多いと言われている。なお、仲裁廷の実態に関しては必ずしも一方的な内容とは限らないことを示すスタディもある。http://www.hamamoto.law.kyoto-u.ac.jp/kogi/2012/2012seminar/zemiron_isds.pdf
こうした諸々を勘案すると、米国企業に有利な実態があるということは否めないのではないか。
しかしながらウィキリークスが今年はじめに暴露したTPPの投資家条項の最新バージョン(2015年1月20日付)に関して、「曖昧な規定であって企業を優先する姿勢に変わりはない」として、ニューヨークタイムズが今3月に批判記事を載せている(面白いのは、「外国企業が米国政府を訴訟するだろう」と反対している点である)。
社会インフラ・制度
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パスファインダーズ株式会社 代表取締役 社長
パスファインダーズ社は少数精鋭の戦略コンサルティング会社です。「新規事業の開発・推進」「既存事業の改革」「業務改革」の3つを主テーマとした戦略コンサルティングを、ハンズオン・スタイルにて提供しております。https://www.pathfinders.co.jp/ 弊社は「フォーカス戦略」と「新規事業開発」の研究会『羅針盤倶楽部』の事務局も務めています。中小企業経営者の方々の参加を歓迎します。https://www.pathfinders.co.jp/rashimban/ 代表・日沖の最新著は『ベテラン幹部を納得させろ!~次世代のエースになるための6ステップ~』。本質に立ち返って効果的・効率的に仕事を進めるための、でも少し肩の力を抜いて読める本です。宜しければアマゾンにて検索ください(下記には他の書籍も紹介しています)。 https://www.pathfinders.co.jp/books/