2004年、世界一多くのビールを集める店としてギネスから認定されたデリリウムカフェ。その記念すべきアジア第一号店は、事業責任者・菅原氏の緻密な戦略と大胆なアクションから生まれた。
この言葉は、菅原氏の心の中で、自分の考え方の原点として結晶化した。
▲デリリウムカフェとの契約が無事終了した喜びに得意のバク宙を舞う菅原氏。
■松田公太社長にぶつけた提案書
大学で建築学を学んだ菅原氏は、いつしか起業意識を抱くようになる。
「ちょうど時代はITバブル真っ盛り。年齢とかまったく関係なくビジネスを立ち上げる同世代が次から次へと出てきて、自分も何かやりたい、やらなきゃって。熱に浮かされるような気分になりました」
どんなビジネスをやってみたいのか。自分なりに考えを詰めてたどり着いた結論が、人と人がリアルに出会う商売、すなわち飲食業だった。
「食べることが大好き、飲むことはそれに輪をかけて好きでしたから。飲食業って人と人をつなぐ仕事だと思っていて、そういうことをやりたかった。そこで卒業前に思いきって事業計画書を書いたんです」
書き上げた企画書を大胆にもタリーズ・松田公太社長に直接持っていく。若さ故の単刀直入な姿勢は、好感を持って受け止められた。何しろ松田氏自身が旺盛な起業家マインドを持ち、アメリカまで単身乗り込んでビジネスを立ち上げた人物なのだ。菅原氏は招かれてタリーズに入社する。
「在籍したのはちょうど一年半ぐらいでしょうか。入社したその日から、一刻も早く独立するんだって意気込み満々の新入社員でした。緑茶のチェーン店の立ちあげ等も入社初日から始めたし、やることなすこと、何もかもが将来に向けてのトレーニングだと思って取り組みましたね」
あふれんばかりのガッツに加えて、おそらくはいずれ起業する人間特有のオーラを出していた菅原氏は、松田社長から特別に目をかけられる存在になる。
▲松田公太・元タリーズ社長、元タリーズUSA副社長RJセルフリッジ氏とベル・オーブの店先にて。
「何か新しいことが始まるときは、いつでも、いの一番に手を挙げていました。公太さんは厳しい人だったけど、経験とか年齢を気にせず、情熱があればなんでもやらせてくれた。そうやってタリーズ時代に身を以て学んだことが、僕にとってはこれ以上ない貴重な財産になっています」
財産の一つが『カイゼン』の大切さだ。飲食店は、たとえタリーズレベルまでパッケージができあがっていても、立ち上げてからが勝負。求められるのは、日々の地道なカイゼンの積み重ねである。
「少しでもカイゼンを怠れば必ず店は荒れ、やがて廃ります。お店を立ち上げるのはお金があれば誰でもできます。大事なのは運営。もう一つ得難い経験となったのは、FC営業でたくさんの中小企業の社長さんたちと出会えたこと。若いときってすぐビジネスモデルなんて片仮名を使って、それだけでいかにも何かやってる気分になるんだけれど、飲食業はもっと泥臭い商売感覚がないとうまくいかない。中小企業の社長さんは、商売人って感じの人が多かった。そんな地に足の着いた感覚をしっかり身につけさせてもらいました」
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FMO第16弾【デリリウムカフェ】
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