舞台俳優と映画俳優の違い

2026.07.04

ライフ・ソーシャル

舞台俳優と映画俳優の違い

純丘曜彰 教授博士
大阪芸術大学 哲学教授

/安物のマンガのように、吹き出し付きでしゃべっている人を、次々と説明絵としてインサートしているだけで、そこでは映像も演技もアクションも無い。つまり、テレビ俳優は、芝居のできない棒立ちのデクノボーでも、なんの問題もない。逆に、大きなアクションをする舞台俳優、せっかくテレビドラマ用に短く刻んだセリフを、アドリブだの、間合いだのを入れて伸ばすようでは使いにくい。だが、それでいいのか?/

 映画俳優を、使えない、と舞台俳優が言うのは当然だ。同じ俳優でも、演技の形態が大きく違うから。しかし、テレビの場合は、どうか。

 この違いを生じさせているのが、カット割り。舞台にカット割りなんて無い。だから、共演者はたがいに呼吸を合わせ、相手のセリフやアクションが「二人で一つの演技」になるように、間合いを空けたり詰めたり、緩急を取り混ぜて、うまく観客を芝居に引き込んでいく。ところが、映画俳優、とくにモデル上がり、アイドル上がりは、ディレクターが欲しい絵に見せることが、演技の中心になる。だから、アップやロングのカメラのセッティングの都合もあって、セリフやアクションは、個別の俳優でバラして撮ることもめずらしくない。おまけに、ディレクターの納得がいくまで、リテイクも当たり前。こうしてできた個々のカットは、前後に大きなマージンが付いており、編集段階で俳優ではなくディレクターがセリフやアクションの間合いを調節する。

 演技のアクションも大きく違う。映画はアップが使える。だから、小さな表情、たとえば目のウィンク一つでも重要な魅力的演技になる。そして、そのアップのウィンクが誰に向けられたものだったのか、は、バラ撮りでも、ウィンクされた側のリアクション・ショットと繋ぐことで、クレショフ・モンタージュとして意味が与えられる。ところが、舞台では、いくら目を大きく画いていても、そんな細かな演技は、観客には伝わらない。だから、目のウィンクだろうと、全身を使って誰から誰にウィンクしているかをアピールしなければならず、また、ウィンクされた方も、間髪を入れず、ウィンクされた、という驚きを全身で表現する必要がある。映画俳優からすれば、こういう舞台俳優たちの芝居は、大げさで臭く、コンタクトしすぎでウザい、と思うだろう。

 このような映画のカット撮り+編集という特性のせいで、映画俳優、とくにモデル上がり、アイドル上がりは、リアルタイムでの、一発取りの演技、生放送のアドリブに応えることがひどく苦手なことが多い。番宣のためにバラエティやクイズ番組に出てきても、まともに自分の言葉で受け答えもできない。だから、この限界を正しく理解している映画俳優は、中堅どころですら、わざわざ生ぐさい舞台の劇団にあえて新人扱いで入って、映画で当てても舞台の仕事も続け、演技を根本から鍛え直し続けてもらったりしている。逆に、舞台で鍛えた俳優は、映画向けにあえて全身アクションを抑えた、顔アップ中心の演技に切り換えることで、うまく当てる人も少なくない。

 問題は、テレビだ。CMは、15秒12カットと、映画などよりはるかにカットが細かい。そのせいで、CMは、むしろ舞台俳優よりも、決めのアップのワンカットの絵が映える映画俳優を使いたがる。そして、テレビドラマの場合も、もともと生放送の生ドラマしかできなかった事情もあって、固定セットでのマンガ的な正面取りや真横取りでのロングの長回しに、セリフごとのサブカメラでの切り返しアップを細かくインサートした編集が多い。このせいで、カット数が多い映画でも1本120分800カット、1カット9秒に対して、テレビドラマは、正味40分(タイトルや予告を除く)600カット、1カットわずか4秒。近年は、さらにカット数が増加する傾向にあり、ものによっては800カットを超えるものさえある。つまり、CMほどではないにしても、1カットが3秒足らずだ。

 どういうことか、というと、安物のマンガのように、吹き出し付きでしゃべっている人を、次々と説明絵としてインサートしているだけで、そこでは映像も演技もアクションも無い、ということ。つまり、テレビ俳優は、芝居のできない棒立ちのデクノボーでも、なんの問題もない。舞台俳優たちの演技工夫の余地を含めて本を書く本業の脚本家のオリジナルより、やたらマンガからの直接的な当て書きが増えているのも、その方がいまのテレビドラマと形式が近く、演技のできないテレビ俳優でも、なんとなくサマになるから。

 かくして、個々のワンカットの見栄えが良いモデル上がり、アイドル上がりの映画俳優、CM俳優の方が、テレビではもてはやされることになる。テレビの標準画角のバストアップにはみ出るような、大きなアクションをする舞台俳優、まして、せっかくテレビドラマ用に短く刻みに刻んだ台本のセリフを、アドリブだの、間合いだのを入れて伸ばすようでは、カットとして編集しても使いにくい。こういう舞台俳優は、せいぜい独り言をぼそぼそとつぶやいているだけの役しか、いまのテレビには合わない。

 じゃあ、舞台俳優はいらないのか。映画俳優をもっとテレビに出せばいいのか。その答えは、視聴率が示している。演技の基礎ができていない映画俳優、モデル上がり、アイドル上がりだらけのテレビドラマは、数字が取れていない。いくらカット割りを増やしても、もはや視聴者が絵を見ていない。というのも、安物マンガと同じで、絵は発言者を明示するだけの添えものだから、画面を見ていなくても、1.5倍速でセリフの声だけ聞けば十分。その方が、タイパがいい。いや、そもそも、そんな間合いを詰めに詰めたセリフ密着の半端なラジオドラマみたいなもの、わざわざテレビで見るくらいなら、間合いや呼吸のある舞台俳優やアナウンサーの読み上げるオーディオブックの方が聞き取り安いし、味わいもある。

 テレビドラマが当たらない。だったら、いまのやり方、作り方、俳優たちの演技を根本から見直すべきだろう。こんなことを続けていても、ただジリ貧になるだけ。

純丘曜彰(すみおかてるあき)大阪芸術大学教授(哲学)/美術博士(東京藝術大学)、東京大学卒(インター&文学部哲学科)、元ドイツマインツ大学客員教授(メディア学)、元東海大学総合経営学部准教授、元テレビ朝日報道局ブレーン。

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純丘曜彰 教授博士

大阪芸術大学 哲学教授

美術博士(東京藝大)、文学修士(東大)。東大卒。テレビ朝日ブレーン として『朝まで生テレビ!』を立ち上げ、東海大学総合経営学部准教授、グーテンベルク大学メディア学部客員教授などを経て現職。

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