ジャンセニズムとパスカル:信仰の賭けの背景

2024.09.10

ライフ・ソーシャル

ジャンセニズムとパスカル:信仰の賭けの背景

純丘曜彰 教授博士
大阪芸術大学 哲学教授

/近世初期のパスカルは、ルネサンスのダヴィンチにも並ぶ万能人。おまけに人文主義的で、ユーモラスな機知にも富んでいて、読んでいて楽しい。とはいえ、あまりに天才的すぎて、その時代背景、思想潮流を知らないと、彼がなんの話をしているのか、わかりにくいかもしれない。/

「教皇だけでなく人間も越権ですか」

そんなこんなで揉めているところで、イェルサレムに巡礼に行きたい、なんていう酔狂なパリ大学の神学生たちが集まって、イエズス会を作った。その時代、ヨーロッパはオスマントルコ帝国と対立していたから、巡礼なんかできるわけがない。で、各地に一般市民のための学校を建てて、そこでルネサンスで人気になった古典語を教え、カトリックの再生をめざした。

「海外旅行に行きたい大学生たちが、塾を開いておカネを貯めるみたいな話?」

おりしも大航海時代で、彼らは海外にも進出し、学校を作った。創立者のロヨラが軍人だったこともあって、イエズス会は騎士団風軍隊組織ということになっていたが、なにせまだ通信方法も手紙しかない時代。船だって、かんたんに行き来できていない。でも、だいじょうぶ。かれらは「霊操」という方法を編み出した。自分の心を動かせば、神が何をお望みか、わかる、というもの。これで、本部や教皇からの指示を待たずに、どんどん積極的に教育布教活動ができた。

「うーん、それってもう教皇中心のカトリックというより、聖書を持ち歩ける教会にして広まったイスラム教やプロテスタントと同じでは?」

いや、『コーラン』のように事細かに書いてあって、わからないことは共同体の話し合いで決めたり、カルヴァン派みたいに生活の原理原則がきっちり厳格だったりすればともかく、カトリックなんてもともと論争と妥協と惰性の集大成みたいな巨大宗教だったから、この霊操は、結局、善行奨励、権威依存で、わけのわからない海外事情でも、臨機応変にやってきた。おまけに、ヨーロッパでも、新旧宗教戦争だの、絶対君主制だのが興ってきて、その中でリシュリュー卿やマゼラン卿みたいなのが世俗権力に食い込み、うまく権力に取り入った。

「まあ、やたら異端審問で締め上げるより、それくらいなるい方が、一般市民や外国人にも受け入れやすかったでしょうけど」

しかし、十七世紀になると、カトリックの中でも、それって、やっぱまずくね、っていう連中が出て来る。ヤンセンは、ベルギー、ルーヴァン大学の神学教授。ルターなんかと同様、聖アグスティヌスに依拠し、イエズス会の霊操におけるカスィスティーク(こじつけ術)、すなわち、他の事例からの表面的な類推による安直な推論を批判した。そして、プロテスタントと同様、人間は自由意志の罪に汚染されており、神の恩寵がなければ無力である、と主張。したがって、私たちはすべてを原理、つまり神自身に個別に委ねるべきである、とした。彼の死後、1640年に彼の著書が出版され、ポール・ロワイヤル修道院の神学者アルノーによってジャンセニズムとして広まったが、1653年に教皇はこれを異端と宣言した。

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純丘曜彰 教授博士

大阪芸術大学 哲学教授

美術博士(東京藝大)、文学修士(東大)。東大卒。テレビ朝日ブレーン として『朝まで生テレビ!』を立ち上げ、東海大学総合経営学部准教授、グーテンベルク大学メディア学部客員教授などを経て現職。

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