​リスクテイクの大きな誤解

2024.08.05

ライフ・ソーシャル

​リスクテイクの大きな誤解

純丘曜彰 教授博士
大阪芸術大学 哲学教授

/リスクは、財産だけではない。人が負えるリスクは、財産の三分の一ではなく、生活全体の三分の一が限界。資産、仕事、家庭、健康。どうしても、なにかを変えたいなら、他の三つを確実にすることが必要だ。/

資産三分法、なんていうのがある。貯金(流動資産)、不動産(固定資産)、投資(株式)と、ありガネの三分の一までなら、リスクテイクしてもだいじょうぶ、という話。だが、ちょっと待て。いまの時代、いちばんのリスクは、あなた自身だ。仕事、家庭、健康。ほんとうにだいじょうぶか。

穏当な中堅企業でも、不祥事を出せば会長や社長が辞めても収まらないほどの大ごとになる。ボーナスはおろか、定期昇給もあてにならない。昇格なんか夢のまた夢。それどころか、ある日、会社が切り離されたり、大規模リストラを断行したり。個人的に転勤や出向を命じられることもある。昔のように、寄らば大樹の年功序列、とはいかないのが、いまの企業。まして、個人事業主で、疫病だ、災害だ、戦争だ、なんていう外的要因を喰らったら、急降下。

家庭も当てにならない。いくら自分がまじめにやっていても、昔と違って、相手が不倫だ、離婚だ、となれば、いまや止めようも無く、大きなダメージ。独り者が婚活に励んでも、相手は容易に見つからず、独り身のまま老いていくリスクは高まるばかり。まして、親が健在で長命なら、ただ喜んでもいられない。介護だのなんだので、カネも、時間も、止めどなく吸い取られる。そして、亡くなっても、古家の始末も簡単ではない。

そして、健康。誰だって、病気になる前までは、みんな元気なのだ。それが、ある日、倒れる。つまり、今日の体調がどうあれ、それは明日を保証しない。その回復は、数週間で済めばいいほう。手術だのなんだのになれば、いよいよ一大事。それでも、そうそう治りもせず、その後も、延々と治療と後遺症が続く。そして、メンタルにやられたりすると、もう元の生活に戻ることは負荷が大きすぎる。

人は、どれかうまくいかないと、心機一転、とか、わけのわからないことを言って、ゲームリセットしようとする。転職して、投資して、収入が増えれば、家庭不和や結婚運も解決する、なんて、ムシのいいことを考える。が、実際は、そんなうまい話は、まず無い。給与が良ければ、それだけハードワークだろうし、投資も、片手間でできるようなものではない。いよいよ仕事中心で、生活はガタガタ。やがて健康も害し、仕事も、収入も失う。

登山では、三点確保、が基本。両手足のうち、三つを確実にしてからのみ、一つを動かせ、ということ。資産、仕事、家庭、健康。人は、同時に複数のリスクを取れる余力は無い。なにかあったとき、その解決に集中できるのは、残りの三つが安定して確保されていればこそ。だから、たとえば、確実な家賃収入の余録などがあって、それを投資に回すとかなら、わからないでもない。だが、自分自身の仕事の先行きがわからないのに、赤の他人の会社の投資リスクまで、取れるわけがない。まして、年齢とともに健康のリスクが高まってくるなら、保険でヘッジするほうが合理的だ。

つまり、リスクは、財産だけではない。人が負えるリスクは、財産の三分の一ではなく、生活全体の三分の一が限界だ。若いときなら、むちゃをして多少の失敗をしてもリカバリーできるが、中高年になると、よほど安定して収入が増え続けていくのでもないかぎり、リスクテイクの余力はむしろ無くなっていくはず。退職金を投資で増やそう、などという、バカな考えは止めたほうがいい。

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純丘曜彰 教授博士

大阪芸術大学 哲学教授

美術博士(東京藝大)、文学修士(東大)。東大卒。テレビ朝日ブレーン として『朝まで生テレビ!』を立ち上げ、東海大学総合経営学部准教授、グーテンベルク大学メディア学部客員教授などを経て現職。

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