マズローの欲求段階説から考える、高齢期の暮らし方。

2022.09.05

ライフ・ソーシャル

マズローの欲求段階説から考える、高齢期の暮らし方。

川口 雅裕
NPO法人・老いの工学研究所 理事長

高齢期に喪失する内容と、自己超越。

例えば、生理的・身体的機能を維持するための活動の継続、あるいはサポートしてもらえる環境を整えること。身体的状況に見合った安全な居住環境への住み替え。新しい役割や居場所を実感できるコミュニティーへの所属と、そこでの関係から生まれる承認といったものを、早いうちに補うことなどです。

逆にいえば、必ず経験するさまざまな喪失を放置することは、満たされず我慢しながら長い高齢期を生きることであり、場合によってはその我慢に限界が訪れる危険もあります。

マズローは晩年、「自己実現」の上に、さらに高次の欲求「自己超越」があると述べました。それは、自分のことはさておいて、誰かのためになることをしたいという欲求です。自己実現は自分のため。そうではなく、自己というものを超えて、地域や次世代や社会のためにという意識、いわゆる「利他の精神」に近いといってよいでしょう。

年齢だけで一概にはいえませんが、この自己超越欲求は若い人よりも高齢者に比較的強くみられます。実際、私が理事長を務めるNPOの活動に協力してくださる高齢の人たちと会話していても、ボランティア活動に取り組む人たち、高齢者コミュニティーへの参加者を見ても、その動機は報酬や見返りでないのはもちろん、称賛や尊敬を受けたいわけでもなく、単純に「役に立ちたい」からだということがよく分かります。会社などで働き続けている高齢者も、その動機は同じようなもので、世の中や若い人たちの役に立つこと、昔の話や知恵を若い人に伝えていくことを「年寄りの使命」として捉えているような節もあります。

こういった人たちは、高齢期に入って先述の「5つの欲求」が満たされなくなってきた状況を受け入れ、補完する策を講じた上で、新しく生まれた「6つ目の欲求」を満たそうとしている――そうすることで、全体としてバランスを取って暮らしておられるのではないかと感じます。避けがたい5つの欲求不満を嘆いてばかりいるのではなく、新しい欲求の充足に高齢期の生きがいを見いだしておられるということです。

マズローが1960年代に唱えた自己超越の欲求は、人生100年時代といわれる現代の高齢者にとって、また活力ある超高齢社会という観点からも、重要なキーワードになると考えられます。


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川口 雅裕

NPO法人・老いの工学研究所 理事長

高齢期の心身の健康や幸福感に関する研究者。暮らす環境や生活スタイルに焦点を当て、単なる体の健康だけでなく、暮らし全体、人生全体という広い視野から、ポジティブになれるたくさんのエビデンスとともに、高齢者にエールを送る講演を行っています。

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