気を付けなければならないのは、むしろ、現役時代の家に無理をして住み続けることによるダメージではないか。
「リロケーション・ダメージ」という言葉があります。住み慣れた場所から転居(relocation)して、環境が変わることによってストレスが蓄積し、心身に悪影響が及ぶことです。特に高齢者にこのような症状が出やすいとされており、それを恐れて、高齢期の住み替えをためらい、たとえ不便でも老朽化していても寂しくても、それまでの家に我慢して住み続ける人が多いようです。
しかし、筆者は「高齢者はリロケーション・ダメージを受けやすい」という考え方はかなり疑わしいと思います。理由は3つあります。
●環境適応力の大きな変化
1つ目は、高齢者にリロケーション・ダメージが多く確認されたのは「生まれ育った地元で一生暮らし続ける」ことが普通だった時代の話だということです。進学・就職・家族数の増加・転勤などで、何度も住む場所を変えてきた経験を持つ今の高齢者は、環境変化への適応力が昔とは大きく違うと考えられます。
昔の高齢期の転居とは、「家長」的な自分の存在価値の喪失であり、3世代同居から放り出されることであり、そこしか知らない地域コミュニティーを失うことでした。そうした状況とは全く異なる現代の高齢者が昔と同じように、リロケーション・ダメージを受けるとは思えません。
2つ目は、今の高齢者を年齢だけで、昔と同じように語るのは無理があるからです。
体力的には「2002年の高齢者は1992年の高齢者より10歳程度若返っている」(2006年「日本人高齢者における身体機能の縦断的・横断的変化に関する研究」)という研究結果もあり、最近のスポーツ庁の「体力・運動能力調査」を見ても、高齢者の体は年々若返っています。肉体の若返りは気持ちの若さにも関係するでしょうから、当然、環境変化に適応する力も現代の方がはるかにあるはずです。
3つ目は、リロケーション・ダメージをケアする体制が高齢者住宅などで整ってきていることです。転居によるストレスが心身に悪影響を及ぼしかねないことが広く知られるようになり、新しい環境に早くなじめるよう工夫された仕組み(支援する人たちやプログラム)が用意されています。この点も昔とは大きく違うところです。
●住み続けることによるダメージ
そう考えると、気を付けなければならないのはむしろ、現役時代の家に無理をして住み続けることによるダメージなのかもしれません。若返ったとはいえ、いつかは衰えがやってきて、手伝いや手助け、見守りが必要になってくるでしょう。身体的な衰えによって、現役時代の家は高齢者にとって危険にもなってきます。医療や介護へのアクセスが容易であることも欠かせませんし、周囲に人がいる環境であることも大切です。
高齢社会
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NPO法人・老いの工学研究所 理事長
高齢期の心身の健康や幸福感に関する研究者。暮らす環境や生活スタイルに焦点を当て、単なる体の健康だけでなく、暮らし全体、人生全体という広い視野から、ポジティブになれるたくさんのエビデンスとともに、高齢者にエールを送る講演を行っています。