市場参入企業の多くは事業目的の目線を「在り方」に向けるのではなく、「シェア数値の獲得」や「技術の差異化」といった相対的競争に向けます。すなわち既存の枠組みの中で「優秀者」を目指そうとするのです。しかし、常にレッドオーシャン上に船を浮かべねばなりませんし、コモデティ化の流れにもさらされます。VUCAの時代の事業目的の目線をどこに置くべきかを考えます。
日本人は手先が器用なだけに、技術向上がすぐ目的化します。それが悪いことではありませんが、こだわった技術はたいてい小さなアイデアと結びつくだけで、できあがる製品はいつもこぢんまりまとまったものになります。「イノベーション」という概念が輸入された当初、日本ではこれを「技術革新」と訳しました。いかにも技術信仰の国のとらえ方で、これは狭く閉じた発想の訳語です。
イノベーションという概念は、「新しい結合」あるいは「新しいとらえ方」によって新しい価値や枠組みを生み出すといった大きな意味を含んでいます。その意味のもとでは、技術は重要な要素ではあるものの、決定的な要素ではありません。本当に大きなイノベーションは、大きな概念のもとで大きく技術が用いられたときに起こります。日本人はそうした大きなダイナミズムを起こすことが苦手です。
「意志を宣言するアップル」vs「性能説明をする日本メーカー」
そんなようなことが如実に表れたのが2011年春の携帯端末機商戦です。その春、アップルは『iPhone4』の広告を展開していました。宣伝のためのポスターやリーフレット、ウェブページには次のようなコピーが載っています───
「すべてを変えていきます。もう一度。」
「見たこともない、電話のかけ方を。」
「マルチタスキングとは、こうあるべきです。」
一方、日本の端末機メーカーの宣伝コピーはどうだったのか───
「最薄部8.7mmのエレガントデザインと磨きぬかれた映像美の世界。」
「トリプルタフネスケータイ 耐衝撃構造×防水×防塵」
「ボタンが押しやすい10.4mmスリムケータイ」
「バカラのきらめき、歓びのかたち。」
アップルと日本メーカー勢とでは、明らかに商品の訴え方に違いがあります(下図)。この違いは何なのか? そしてこの違いはどこから生じているのか?
アップルは自分たちが考える携帯端末機の「あるべき姿」を提示し、主観的な意志を宣言しているように見えます。一方、日本メーカーはハード的な性能優位を謳うばかりです。それは客観的で説明的な言葉です。
この2011年以降、携帯端末機市場のパラダイム変化を主導したアップルは強力なポジションを確立していく一方、日本メーカーは存在感を弱めていくことなります。
事業の目的目線を「在り方」次元にシフトさせる
この決定的な差を生んだのは、事業目的への目線の違いではないでしょうか。アップルは、スタイルをつくり出すという「概念/在り方/essence」にまなざしを向けていました。ところが、日本メーカーは1mmのモノを0.1mmに薄くするという「技術/処し方/form」に向けていました。その差こそ、「新しい枠組みの創造者」と「既存の枠組みの中の優秀者」を分かつ点だったのです。
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2009.02.10
2015.01.26
キャリア・ポートレート コンサルティング 代表
人財教育コンサルタント・概念工作家。 『プロフェッショナルシップ研修』(一個のプロとしての意識基盤をつくる教育プログラム)はじめ「コンセプチュアル思考研修」、管理職研修、キャリア開発研修などのジャンルで企業内研修を行なう。「働くこと・仕事」の本質をつかむ哲学的なアプローチを志向している。