組織・人事に関わる全ての施策は、日本人の特性や自社の独自性への洞察なしには機能しない。それは、OSが違えば、アプリが動作しないのと同じである。欧米の真似でもない、うまくいっている会社の真似でもない、日本企業において本当に機能する組織・人事の考え方や施策について思索・指南する連載。
三つ目は、AIに勝てなくなったからといって、将棋界や棋士たちの価値が低下したわけではないということだ。むしろ、将棋界は(藤井聡太七段のブームを差し引いても)非常に盛り上がりを見せており、棋士たちには将棋を指さないファンも(“観る将”という)たくさんついている。「叡王戦」という新しいタイトル戦が誕生するなど新棋戦もでき、女流棋界もこれまでにない人気である。AIを使った将棋ソフトが登場したころ、「負けたらプロ棋士の存在意義がなくなるのではないか」「棋士という仕事がなくなるのではないか」、などと言われていたのがウソのようである。
これは、プロ棋士の価値が、単に「将棋が強い」ということではなかったことを意味している。価値はやはり、人間同士の戦いにしかない魅力である。両者の戦歴や関係、得意戦法や棋風や駆け引き、勝負におけるミスや運の存在などに加え、所作や服装や表情などから食事(昼・夜に何を食べるか)に至るまで、生身の人間が繰り広げる戦いの過程と、戦う姿の魅力が棋士の価値となっている。AI同士の戦いにこのような魅力はない。AI同士の戦いの方に惹かれるのは、将棋ソフトの開発者や関係者くらいだろう。AIの登場によって、棋士が自らの価値に改めて気づいたという面もあるように感じる。ファンが期待する、棋士のありようというものを自覚できた。将棋界の盛り上がりは、ファンからの期待を棋士が自覚し、実践した結果であり、それはAIのおかげとも考えられる。(もちろん、過去、多くの棋士たちが伝統文化の担い手として、ファン目線に立って様々な努力を重ねてきたことも無視できない。もし、棋士たちが単に「将棋の強さ」だけを追求してきていたら、AIに負けたことで存在意義を失っていたかもしれない。)
●人事は、AIとどう付き合うのか?
将棋界を見れば、AIは競争相手や脅威などではなく、人間にとって十分な利用価値がある共存可能な相手であり、また、私たちの視野を広げ、発想を豊かにしてくれるツールでもあり、さらに、人間としての存在価値やありようを明確にしてくれる存在である、と考えられる。であれば、人事という仕事においても、AIを上手に活用できれば、人間にとっては難解な、人材や組織に関する複雑な状況を読み解かせてみたり、採用・配置・評価・処遇などに関するこれまでの人事の常道とは異なる発想を得たりできるかもしれないし、その結果として、人事マンの真の存在価値というものが改めて発見できるかもしれない。
新しい「日本的人事論」
2019.03.20
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NPO法人・老いの工学研究所 理事長
高齢期の心身の健康や幸福感に関する研究者。暮らす環境や生活スタイルに焦点を当て、単なる体の健康だけでなく、暮らし全体、人生全体という広い視野から、ポジティブになれるたくさんのエビデンスとともに、高齢者にエールを送る講演を行っています。