/アーミーナイフのように何にでも役立つ死体とともに森から生還する青年の物語。とにかく下品で悪趣味。おまけに、わけがわからない。だが、妙な説得力がある。それで、じわじわと話題になっている。これは、じつは、引きこもりから見た世界だ。/
なんの話なのか。わずかに生の執着が残る体が、死んだ心にウソの思い出を盛り付け直し、騙して現実世界に帰ろうとする。見た目には二人だが、ハンクと死体は、同一人物。一方、サラは、もともとハンクの恋人ではないし、声をかけたことさえない。それどころか、人妻で子供までいる。にもかかわらず、死体は、ハンクの策略のせいで、サラこそが自分の運命の相手と信じ、サラの写真があるハンクのスマホも、自分のものだ、と思っている。
ハンクが森の中に創り上げた世界。ゴミと廃物でできたガラクタの町と人形たち。ハンクは、それらを見せ、死んだ心を騙し続ける。自分の殻に引きこもり、アニメやアイドル、パソコンやゲーム、ガキのオモチャに溺れ続ける連中と同じ。そして、それらに親しむことで、現実に戻れると勘違いしている。いや、ハンクは、ほんとうはそれは無理であることも知っている。だから、死体に、ずっと森の中でいっしょに暮らそう、などと言う。
ヨーロッパや北米でも、じつは、子供部屋おじさん、おばさんが増えていて、問題になってきている。若者に仕事が無く、独立も、結婚もできない。終わりの無い自分探し。それで、高齢化する親と同居のままだったり、さらには都会から郊外の家に呼び戻したりするのが珍しくなくなった。だが、こうなると、いよいよ就職にも恋愛にも縁が薄くなり、ただ徒に老いていくばかり。
物理的に部屋から出るかどうか、など、問題ではない。ニセモノのガラクタでできた自分の世界を絶対として、それを否定する者を拒絶しているなら、握手会やコミケ、秋葉原に出て来たところで、人里離れた「森」の中を彷徨い続けている引きこもり。かなわなかった夢、死んだ心と決別しない限り、この不条理な、血の流れる現実の中で、自分を立てることなどできない。
(by Univ.-Prof.Dr. Teruaki Georges Sumioka. 大阪芸術大学芸術学部哲学教授、東京大学卒、文学修士(東京大学)、美術博士(東京藝術大学)、元テレビ朝日報道局『朝まで生テレビ!』ブレイン。専門は哲学、メディア文化論、映画学。最近の活動に 純丘先生の1分哲学、『百朝一考:第一巻・第二巻』などがある。)
映画
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2023.02.17
大阪芸術大学 哲学教授
美術博士(東京藝大)、文学修士(東大)。東大卒。テレビ朝日ブレーン として『朝まで生テレビ!』を立ち上げ、東海大学総合経営学部准教授、グーテンベルク大学メディア学部客員教授などを経て現職。