/世界中で同じことわざがある。英語だと、Two can live as cheaply as one、日本だと、一人口は食えぬが二人口は食える。いっしょに暮らせば、家賃半減、収入倍増。/
「まぁまぁ、ほれ、この袋の中」
「なぁんだ、ぼくのプレゼント、決まってるんですね」
「開けてみ」
「じゃーん! なっかむらでーす!」
「……な、中村さん、な、なにしてんの?」
「えーと、さっきサンタさんにさらわれて」
「ダメだよ、この子。きみとおんなじで、ドア、すぐに開けたんだよ。危ないから、連れてきた」
「え、サンタのかっこうしてるっていうだけで、すぐにドアを開けちゃったんですか? そりゃダメだよ」
「きみが言えた義理じゃなかろう」
「……はい」
「で、あと、よろしく」
「え! どういうことですか?」
「いや、この子もいまだに『良い子リスト』の常連でね。いいかげん、もう、さ……。とにかく、この子、置いていくから」
「え? それは、ちょっと……」
「あー、ほら、もう! こうなるから、わたし、やだって、ウェーん!!!」
「いやいやいや、やっぱり、こんなの、あまりにむちゃでしょ」
「ま、とにかく、この子にも、きみの飲んでるの、あれ、出しなさいよ」
「あぁ、そうですね」
「うーっぷ、で、どうするんですか! せっかく来たわたしを追い返すんですか!」
「あー。これ、一気飲みしないほうがいいよ。すぐ廻るよ」
「うーん、この子、ちょっと酒癖には問題があるな。だが、さっき聞いたら、きみんとこなら行くって言ったんだ。まだ、そんときはシラフだったんだし」
「でも、来られたって、ぼく、まだ家族を持てるような身分じゃないですから」
「手取りも知ってます。わたし、人事ですもん!」
「いや、だったら、ムリなの、わかるでしょ」
「あのな、きみ、昔から、一人口は食えぬが二人口は食える、って言うんだよ」
「それ、日本のことわざでしょ」
「ちがう! 世界中で同じことわざがある。英語だと、Two can live as cheaply as oneって言う。だって、きみたち、いっしょに暮らせば、家賃半減、収入倍増だよ」
「……」
「な、いい話だろ。このまま、もう夫婦っていうことで」
「だけど、ぼく、中村さんと話もしたことないんですよ」
「え! わたしと話をしたことがない? えーと、そうだっけ?」
「いや、いや、そうでしょ。それに、御家族にもごあいさつしてないし」
「あ、それは、心配ない。もともと、きみの御両親に頼まれてね、だれか良い人を紹介してくれって。そしたら、このお嬢さんの御両親も同じような話で。二人、同じ会社なんだろ? 二人ともいい年して、いまだにサンタを信じてるなんて、まさにぴったり、って、もう両家納得済みで大歓迎」
「本人たちより前に?」
「そう。そういう方がうまく行くって」
「ひどいなぁ」
「どこがひどいんですか! だいたいあなたがもっと積極的に、今日だってあなたが誘ってくれていれば、わたしは、わたしは、ウェーん!」
「この子、飲ましちゃダメだったな」
「そうみたいですねぇ……」
「ま、なんにしても、もう置いてくから」
「いやいや、ちょっと待ってくださいよ。式を挙げられる貯金だって無いんですから」
「きみ、だれに言ってんの? わたし、サンタだよ。ほんとは、聖ニコラウスっていう神父だよ。結婚の祝福をするのに、いちいちカネなんか取らんよ」
「でも、指輪とか」
「そこのティッシュ、取りなさい。ほら、くるくるくるっと。このコヨリで十分だ。まぁ、いいのは、余裕ができてからにしなさい。それと、ほら、もいちど袋の中、見なさい」
「あ、婚姻届ですか……。ずいぶん用意がいいですね」
「ほら、お嬢さん! そこで寝てないで、ちゃんと横に座って!」
「あ、は、はい」
「じゃ、始めるよ。
あなたがたは、喜びの時も、悲しみの時も、
病める時も、健やかなる時も、富める時も、貧しき時も、
これを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け、
その命ある限り、真心を尽くすことを誓いますか?」
「はい」「はい」
「うむっ、これで二人は夫婦だ。後はここに名前書いて、役所に出すだけ。証人は、わたしと、きみたちの会社の前のコンビニの店長。もうサインはもらってある。それに、やっぱりね、おめでとう、って、これ、くれた」
「うぁ、クリスマスケーキですか」
「あ、わたし、食べたい」
「ちょっと待て。先に役所に行ってこい。夜間窓口なら開いているぞ。あ、そうだ、途中まで乗せてってやろう。さ、二人とも、コートを着て」
物語
2012.12.24
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2021.04.17
大阪芸術大学 哲学教授
美術博士(東京藝大)、文学修士(東大)。東大卒。テレビ朝日ブレーン として『朝まで生テレビ!』を立ち上げ、東海大学総合経営学部准教授、グーテンベルク大学メディア学部客員教授などを経て現職。