/大震災は、むしろじつは運良く生き残れた後の方が大変だ。どこか別のところで「難民」となって生きる道を採らざるをえない。だが、農業・漁業など、他の地へは持って逃げられない。経営者だの、管理職だのも、なんの意味も無くなる。簿記会計や弁護士のような、日本だけでの特殊ルールに依存している技能も、他国では使いものにならない。/
どうしてもだれにも雇い入れてもらえないなら、自営しかない。調理の経験があれば、現地で和食の店を開く、というのが定番だろう。歌やダンス、片言の現地語で、エンターテイメントの世界で人気を得れば、「変な外人」として生き残れるかもしれない。マンガやイラストなど、言葉に依存しない仕事もありうる。空手や柔道の指導なども、日本人らしさをウリにして生きる道だ。これらになんの能もないとしたら、現地の人々に単純労働力として安く使ってもらえるだけでも幸いと思わなければなるまい。
こうして考えてみると、この国がいかに脆弱な職業しか養成してこなかったか、サラリーマンとなって工場の機械や他国の労働の上に乗っかることしか考えてこなかったか、日本政府と日本人の危機管理の甘さが思い知らされる。小松左京がSFとして描いた『日本沈没』と一億総「難民」化は、もはや我々が直面している現実の未来だ。いまこの国に暮らしている人々の大半が、大震災で死ぬか、さもなければ、「難民」としての憂き目に甘んじるか、二つに一つしかない。いまからその覚悟して、他国でも生きて暮らせるような備えをしていくことは、非常持出袋を詰めるのと同じくらい大切なことではないのか。
by Univ.-Prof.Dr. Teruaki Georges Sumioka 純丘曜彰博士
(大阪芸術大学哲学教授、元テレビ朝日報道局『朝まで生テレビ!』ブレイン)
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2015.07.17
2009.10.31
大阪芸術大学 哲学教授
美術博士(東京藝大)、文学修士(東大)。東大卒。テレビ朝日ブレーン として『朝まで生テレビ!』を立ち上げ、東海大学総合経営学部准教授、グーテンベルク大学メディア学部客員教授などを経て現職。