暇だったら読んでください。調達・購買に関わらないひともぜひ。
彼は、製品のスペックを把握していたので、他部門が発注したまま余らせていた製品を紹介してあげることができた。こんなことは当然だ、というバイヤーもいるだろう。しかし、このささやかな成功体験は彼を変えるのに十分だった。同等性能納品の紹介をし、それによりコスト低減につなげる。この些細なことが、彼と設計者に一つの絆を与えた。
「お役に立てて嬉しかったです!」。彼の口から自然に言葉があふれた。
そこから、彼は設計者に「おせっかい」を繰り返した。設計者がメールを出してきたり、電話をしてきたりするたびに、情報を与えるのだ。「あれっそれだったら、もっと安いもの知っていますよ」「それよりも、こっちのサプライヤーがいいですよ」
そこから設計者の態度も変化してきた。「えっ。そうなの? これまで誰も調達の人は教えてくれなかったよ。ありがとう。これからすぐ検討してみるわ」。設計者も彼に好意的な反応をしだした。彼ももちろん、この仕事に自信を持ち出した。
ある日のことだった。
彼は、朝パソコンを開くと、妙に間違いが多いことに気づく。発注依頼が多すぎるのだ。しかも、そのほとんどが、間違いだらけだった。
間違いだらけ。自分が担当していない製品の発注依頼ばかりが届くのだ。「最近は、この種の間違いが多い。ERPのエラーかな?」と思った。
しかも、そのエラーがあまりに多いものだから、調達の企画部門が調査を開始した。
設計部門に調査を依頼し、場合によっては正しく発注依頼がなされるような指導も実施するつもりだった。
すると、その調査を実施した調達企画部門の人間が、彼に近寄ってきた。
「お前のところに発注依頼が集中するのは、どうやらエラーじゃないらしい」と彼に告げた。
「どういうことですか?」。彼は訊いた。
「いや、どうもね、設計者がみんなキミにわざと発注依頼をかけているらしいんだ。設計者が、役に立つのはキミだけだ、と思っているらしくてね。キミと仕事したほうが愉しいって言っているらしいんだ」
「えっ……」
「なんか、ある人なんかね。キミとしか仕事したくないってね。そう言うんだって。アイツと仕事するのが愉しいって。そう言われると困っちゃってね」
彼は、その場で「え、いやいや、そんな」と言い、笑顔になりながらも、大粒の涙があふれてきてしまう。
そして、泣いてしまった。
「まあ、担当者はキミ以外にちゃんといるからね。キミに発注依頼を継続してくれ、とは言えなかったけど、嬉しいじゃない。設計者がキミを指名してくれるなんて」
彼はそのしばらく手で顔を覆って、どうしようもなかった。
入社して泣いたのは二回目だった。一回目は、昔の自分の書類を見たとき。そして二回目は……。
もしかしたら、その涙は、変わった自分自身に捧げられていたのかもしれない。
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2009.02.10
2015.01.26
未来調達研究所株式会社 取締役
大阪大学卒業後、電機メーカー、自動車メーカーで調達・購買業務に従事。未来調達研究所株式会社取締役。コスト削減のコンサルタント。『牛丼一杯の儲けは9円』(幻冬舎新書)など著書22作。