トップセラーから採用担当へ

2011.04.19

仕事術

トップセラーから採用担当へ

辰巳 雄悟

住宅メーカー・住友林業には社内公募制度がある。これを使えば年に一度、望む部署に異動できる。ビジネスパーソンのキャリア意識が高まるにつれ、こうした制度を採用する企業が増えてきた。いち早く公募制度を取り入れた住友林業では、毎年新たな職場にチャレンジする社員が現れる。人事部採用担当の幸田も、そんなチャレンジャーの一人だ。

続いて「私は君の人柄を信用して、住友林業で自分の生涯の住みかを建てるようと決めたんだ。スタッフの問題なんかじゃない。君なら、私の思いをわかってくれるはずじゃないか。何ならプランも図面も、君が描いてくれればいい」と。

住まいは人生最大の買い物である。だからこそ、お客様は『一生に一度の買いものをする』相手への信用を何より重視していた。

幸田の誠意は通じていたのだ。幸田なら、もっと納得のいく住まいを作ってくれる。そんな期待がお客様にはあった。「図面やり直し」は、その期待感が言わせたクレームだったのだ。

お客様の思いを感じた幸田は、その場で上司に電話を入れる。「お前はどうしたいんだ?」と問われ、即座に設計までやりたいと言いきった。入社3年目の営業担当が、設計図面を手がける。前代未聞の展開である。こうして幸田にとって、人生最大のチャレンジが始まった。

実は中学時代から、美術は大の苦手である。フリーハンドではまっすぐな線を引くこともできず、通信簿の成績はいつも「2」。とはいえ、お客様の目の前で啖呵を切った以上、もう逃げ道はない。

打合せで細かな要望を聞き出しては、その都度パースを描いた。例えばキッチンでの奥さまの動きはどのようなものか。奥さまの身長や座高を考えれば、シンクの高さはどうあるべきか。ご主人の書斎の窓は、どの位置にどれぐらいの大きさで取ればいいのか。そもそも本を読むのに最適な光とは、どんなものなのか。

いつしか幸田は、お客様の気持ちに寄り添って考えるようになっていた。お客様の要望がくっきりと、ビジュアルなイメージとして頭の中に浮かぶようになった。そのイメージを頼りに、自らの手を動かして拙いながらもパース画を描く。図面に落とし込む。

お客様の心の中には、言葉にして表せなかった思いが、いっぱいあることがわかってきた。住まいに対する思いは、それほど深いのだ。以前の幸田に欠けていたのは、その思いを引き出す力だ。自分こそがお客様の思いをすべて聞き出すのだ、という決意がなかったのだ。

お客様と一対一で真正面から向き合う時間は、幸田の意識を変えた。設計担当が同席していると、つい気のゆるみが出ていたこと、お客様のご要望を完全に理解しようとはせず、自分の役目は営業だからと勝手な逃げ道を作っていたことに気づいた。

社内の役割でいえば幸田は営業であり、設計は別の人間の担当だ。しかし、お客様が話をしたいのは、目の前にいる幸田である。お客様と向かい合う人間がその要望をすべて理解し、お客様の代理人として専任チームに望みを伝える。住宅営業とは、お客様の要望を設計などのプロに正確に伝える翻訳者と考えればいい。

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